租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

知識の盲点と思い込みを避けるための調査方法

最近同業者のX(Twitter)を拝見していて「調べ物をするときは自分なりに仮説を持ってから調べる」という方が複数いて「へぇー」と新鮮な気持ちでした。

というのも、私が調べ物をするときはむしろ「先入観を持たずにまっさらな気持ちで関連情報を見る」心持ちを重視しているからです。仮説を持つ心構えとはベクトルが違う気がします(目指しているものは同じだと思いますが)。

 

私の感覚として、税務で一番怖いのは

「自分が知らない事柄について、知らないことも知らないまま、ミスる(必要な処理を落とす)」

「自分が勘違いしている事柄について、勘違いしていると気付かないまま、ミスる」

という事態です。

「この論点、難しいなぁ」と注意を向けて悩んでいる事柄は、多少の計算上の条文解釈の誤解などはあれど致命的に誤るケースは少ないと思います。怖いのは思い込みによる勘違いや見落としです。

 

例えば自己株式の取得について、会計上は自己資本の控除でも税務上は譲渡所得やみなし配当の論点が出るな、というのは経験がなくても想起できるかと思います。

ただ、それについて「利益積立金からの部分はみなし配当で源泉徴収が必要か」と仮説を持って調べ、答え合わせができたとしても、支払調書を1ヶ月以内に税務署に出さなければならないことなどは、正直言って知識や推測能力がどうとかいうより知ってるか知らないか、気付くか気付かないかが全てではないかと思います。

 

こういう見落としなどを防ぐために、私がしょうもないと思いながらもよくやるのは関連ワードでググって上から順に5個・10個のサイトをピュアな気持ちで読むというチェック方法です。

重要なのは、自分の理解の確認のために読むというよりは、どこに重要な事柄が書いてあるかわからないという気持ちで先入観を外して読むことです。

これを行うと主要な注意事項はだいたい網羅することができる感じがします(もちろんググることだけで調査しているわけではありません。最初か最後のチェックです)。

 

この辺の考え方は、私が丸善リサーチの「専門書本文の横断検索」を高く評価していることにも通じてますね。

「自己株式」「みなし配当」と入れて該当箇所前後を読めば論点は網羅できるはずです。

 

処理方法の理解のための調査と見落とし防止のための調査とで少し性質が違うかもしれませんが、やっぱりググるって初歩的だけど大事だよねというお話でした。

 

こんなところに落とし穴!税理士業務のヒヤリハット 第3集

税理士の裁量労働制

レガシィ裁量労働制を導入していたのですね。不勉強にして知りませんでした。そして訴訟になったと(別に最近の話題ではないのですが、ふと目に触れたので)。

 

近似の労働判例 第25回 東京高裁平成26年2月27日判決

https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2015_01/p44-45.pdf

 

裁量労働制とは業務の遂行の方法などを労働者の裁量に委ね、労働時間は実際に働いた時間とは関係なく事前に決めた時間働いたものとみなして給与を支給する制度。

専門業務型の裁量労働制が認められているのは19種の限定列挙の業務であり、その中に「税理士の業務」も含まれています。

 

レガシィ事件で問題になったのは税理士登録していない職員の労働で、裁判所としては「税理士の業務」は税理士しかできないと法律で決まっているのだから対象は資格者だけでしょう(ここを広く解すると限定列挙した趣旨の潜脱になってしまう)というのがありつつ、関連のコンサル会社とも雇用関係があって混然一体と業務を行っていた点も良くなかったようです。

 

労務コンプラ意識の低いブラック業界として名高い税理士業界において裁量労働制ってどうなのでしょうか。

いかに資格者といえども所属税理士をやっている以上は雇い主より立場が弱いでしょうから、裁量労働制が採用されるとしたら雇い主に都合のいい(実労働時間で払うより給与が安くなる)場合しかありえないようなイメージを抱いてしまうところです。

とはいえ金額云々よりも自分の裁量で働きたい人、例えばいちいち職場にお伺いを立てずに時間の融通を聞かせたい子育て世帯などにはアリなのでしょうか。

 

申告をしたから取引の内容が決まるわけではない

税金の申告って、重要ですが、取引社会にとっては二次的なものといいますか…。

 

債務免除やら株式の移動やら、過去に行ったものとされている取引について、後から当事者の意思をよくよく確認してみると「実は債務免除したつもりはなかった」「実は株の贈与の意思はなかった」といった場合があります。

 

こうしたときに「ここまではもう法人税の申告で載せてしまっているから動かせない」というように言う人がいます。

 

たしかに後から直すのは手間ですし、手間以上に問題になる可能性があるのはわかりますが、建付けとしては私法上の取引がまずあってそれを会計的に表現したのが仕訳であり、法人税法にあてはめたのが法人税の申告書であるはずです。

 

後から確認してみたら当初申告したところと取引の中身が違ったというのであれば単に申告書が誤っているという話であって、法人税の申告書を提出したからそこに記載された取引の内容が(なにか公的な意味で)確定するわけではありません。

 

逆に言えば、申告書が提出されていてもそこに表現されているものが実態と違う可能性があるからこそ税務調査やら更正処分やらの手続きが正面から法定されていると言えるはずです。

 

ちょっと思ったことでした。

 

 

返金をしない前受金の税務

 

1.事例

例えば年会費前払い制のスポーツクラブが、2年分の会費を先に払ってもらい、会員が途中退会しても返金しないというような場合があります。

この場合スポーツクラブの経理としては入金時点で全額を益金に計上すべきなのでしょうか。


2.法人税

法人税の原則である「権利確定主義」という考え方からいくと返金しない以上その収入について自分が処分する権利は確定しているわけであり入金時点で全額益金計上にも思えます。しかし、役務提供を行っていない将来(2年目)の分に対応する部分まで益金計上するのは常識論として違和感もあるところです。

この点法基通2-1-40の2は以下のように規定します。

 

(返金不要の支払の帰属の時期)

2-1-40の2 法人が、資産の販売等に係る取引を開始するに際して、相手方から中途解約のいかんにかかわらず取引の開始当初から返金が不要な支払を受ける場合には、原則としてその取引の開始の日の属する事業年度の益金の額に算入する。ただし、当該返金が不要な支払が、契約の特定期間における役務の提供ごとに、それと具体的な対応関係をもって発生する対価の前受けと認められる場合において、その支払を当該役務の提供の対価として、継続して当該特定期間の経過に応じてその収益の額を益金の額に算入しているときは、これを認める。(平30年課法2-8「二」により追加)

(注) 本文の「返金が不要な支払」には、例えば、次のようなものが該当する。

(1) 工業所有権等の実施権の設定の対価として支払を受ける一時金

(2) ノウハウの設定契約に際して支払を受ける一時金又は頭金

(3) 技術役務の提供に係る契約に関連してその着手費用に充当する目的で相手方から収受する仕度金、着手金等のうち、後日精算して剰余金があれば返還することとなっているもの以外のもの

(4) スポーツクラブの会員契約に際して支払を受ける入会金

 

すなわち、返金不要な支払いを受けたときは原則として取引開始日の属する事業年度の益金に計上。ただしその支払いが期間と具体的に対応している場合には、継続経理を条件に、期間の経過に応じた益金計上でもいいということです。例示でスポーツクラブが挙げられています。

これによれば、2年分を前受けした場合には、1年目の分は当期に計上、2年目の分は翌期に計上という処理が認められます。

この通達は会計において収益認識基準が制定されたときに発遣されたもので、法人税法22条の2が収益の計上時期を「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度」としているところからすると理解しやすいように思います。

なお通達の説明によれば期間対応が契約書などで具体的に示されている必要があるとのことで、これは事実認定の観点から当然の要求と考えます。

 

3.消費税

消費税における課税資産の譲渡等の計上時期については会計や法人税ほど深い議論はありませんが「課税資産の譲渡等の時期は、原則として、その取引の態様に応じた資産の引渡しの時または役務の提供の時」であると解されているところ(タックスアンサー)、前受金については以下の通達があります

 

(前受金、仮受金に係る資産の譲渡等の時期)

9-1-27 資産の譲渡等に係る前受金、仮受金に係る資産の譲渡等の時期は、法第18条《小規模事業者に係る資産の譲渡等の時期等の特例》の規定の適用を受ける事業者を除き、現実に資産の譲渡等を行った時となることに留意する。

 

これに従えば、先に入金された2年目の分については役務提供がないことから「現実に資産の譲渡等を行った」とは言えず、翌期に課税売上の認識で問題ないものと思われます。

 

4.株価評価

さらに、上記のような認識で2年目の分の会費を前受金として貸借対照表の経過勘定で処理した場合に、その負債が取引相場のない株式の評価(純資産価額)の評価上負債として控除の対象になるかという問題があります。

純資産価額の計算は、各資産の相続税評価額から各負債の金額の合計額の合計額を控除します(評基通185)。負債の金額には「貸倒引当金、退職給与引当金、納税引当金その他の引当金及び準備金に相当する金額」は含まれないことが示されていますが(評基通186)、前受金についてはっきりした通達などはありません。

この点参考になるのが、例えば個人の不動産所得者が得た前受家賃が相続税の計算において債務控除されないという解釈です。仕訳にベッタリだと看過しそうになりますが、前受金は負債であっても債務ではないため相続税の債務控除という点からは当然の解釈とも言えそうです。

 

「前受家賃は債務控除の対象となるか?」(税務研究会)
https://www.zeiken.co.jp/souzoku/jirei-01.html

 

非上場株式評価上の負債計上額が債務控除と同じ扱いなのかという点については「純資産価額方式により、非上場株式を評価する場合の各負債の金額は、相続税法の規定により相続税の課税財産の価額から控除できる債務の額、すなわち、借入金や未払金等の対外的な法的確定債務の金額をいいます」(松本好正『株式譲渡・相続・贈与に役立つ 非上場株式等の評価Q&A(三訂版)』(大蔵財務協会、2022年)332頁)とする見解があります。

相続税の債務控除について、前受金(前受家賃)は控除されない」かつ「非上場株式評価上の負債とは債務控除と同様に考える」という2つの解釈が正しいとすると、株式会社の貸借対照表に計上されている返金不要の前受金は純資産価額の評価上負債にはならないと解すべきでしょう。

法人の清算価値を出す趣旨からしても、負債に含めないのが体系的解釈として妥当ではないかと思われます。

 

制作業務に係る人件費の仕掛品計上(をしないことについて)

設計やIT系の制作業務などで、制作期間中に決算日が訪れるような場合でも、中小企業の税務会計実務では人件費は単に期間費用(損金)として処理され、翌期の売上に対応する部分を仕掛品計上するという処理は取られていないケースが大半だろうと思います。

自分はこれは実務上の手間を踏まえた現実的な対応と捉えていたのですが、通達があることを今更知りました。

 

(技術役務の提供に係る報酬に対応する原価の額)

2-2-9 設計、作業の指揮監督、技術指導その他の技術役務の提供に係る報酬に対応する原価の額は、当該報酬の額を益金の額に算入する事業年度の損金の額に算入するのであるが、法人が継続してこれらの技術役務の提供のために要する費用のうち次に掲げるものの額をその支出の日の属する事業年度の損金の額に算入している場合には、これを認める。(昭55年直法2-8「七」により追加、平30年課法2-8「三」により改正)

(1) 固定費(作業量の増減にかかわらず変化しない費用をいう。)の性質を有する費用

(2) 変動費(作業量に応じて増減する費用をいう。)の性質を有する費用のうち一般管理費に類するものでその額が多額でないもの及び相手方から収受する仕度金、着手金等(2-1-40の2本文の適用があるものに限る。)に係るもの

 

通達では特段人件費ということは言っておらず、固定費と、販管費変動費で多額でないもの、といった規定ぶりです。

雇用している従業員の人件費は固定費(の性質を有する費用)なので含まれていると考えていいでしょう。

あとはこの通達の対象である「設計、作業の指揮監督、技術指導その他の技術役務の提供」がどの範囲を含むのかという問題かと思います。

「法律家たれ」精神からいくとこの通達で法的に合ってるのか?というのは疑うべきところかとは思いますが、事実上原価の把握が難しい局面は多いため、税務調査の場で使える処理根拠*1があるのは有り難いかなと思います。

 

*1:納税者は通達に拘束されませんが、税務署は拘束されます。念の為。

接待を「受ける」ためのタクシー代は交際費ではない

メモ程度ですが、ご丁寧にこんな質疑応答もあるのだなぁと。

 

Q.他社が主催する懇親会に当社の従業員又は役員を出席させるために要するハイヤー・タクシー代(当社~懇親会会場、懇親会会場~自宅)は、会社の業務遂行上の経費であり、接待、供応等のために支出するものではありませんから、交際費等以外の単純損金(旅費交通費)と解して差し支えありませんか。

 

A.照会意見のとおりで差し支えありません。

(中略)

なお、自社が懇親会を主催する場合において、得意先を会場まで案内するために支出するハイヤー・タクシー代は、得意先に対して自社が行う接待のために支出するものですから、照会の場合と異なり、交際費等に該当することとなりますのでご注意ください。

 

(参照)交際費等の範囲(接待を受けるためのタクシー代)

 

要するに、接待をする側が支出するタクシー代等は交際費、接待を受ける側が支出するのは交際費ではない、ということですね。当然ですね。

運転代行は基本的に飲んだときにだけ使うものだから原則交際費だよなぁ*1と思って処理しようとして、でも接待を受けるときもあるな、と思い少し調べているときにこちらを見つけました。

 

 

*1:飲食関係の仕事で酒のテイスティングが必要という事情でもなければ。

税務会計専門書読み放題『丸善リサーチ』のここがスゴイ

今更ですが。そしてタイトルはちょっと大袈裟気味に。

先月くらいに税務会計系の専門書(電子書籍)がサブスクで読み放題になる『丸善リサーチ』が話題になっていたので登録してみました。

個人向けのスタンダードプランは月額3,500円ですがまずは無料でお試しもできます。

 

別に宣伝するわけではなく、率直な感想を思いつくまま書きます。

 

1.専門書の本文を横断的に検索できるのが神

 これは文字通りの意味で、画期的だと思います。例えば「通勤手当」などの語句で検索すると、源泉所得税の本も出てくれば消費税の本も出て来ますし、本の中で該当する箇所をすぐに読むことができます。

 これまで即答できないような税務相談の調査には税務通信の電子版を使うことも多かったですが、税務通信は論点に対して深入りしているというよりは一般的な周知や速報的な記事が多いため、裏付けとしての頼もしさがかなり違います。

 

2.調査業務の時間節約効果が大きい

 複雑な税務相談をされてその根拠となる専門書を探す作業というのは結構時間がかかります。税務の専門的な本を置いている書店は限られていますし、業務時間中に書店まで行って棚から関係しそうな本を開いてみて索引から目当ての項目を探して(でもだいたいは載っていない)、、、などとしていると何時間もかかってしまいます。

 これが丸善リサーチであれば目の前のパソコン(スマホでも)を叩いて数分で済みますから時間の節約になりますし、当然早く反応できる分顧客にも喜ばれることになります。

 経営的に見ると支払う料金の価値は丸善リサーチ内の本の内容に対してというよりもこの部分に対してという意味の方が大きいのではないかとすら思います(内容がないと意味ないですが)。

 

3.UIが使いやすい

 上記の2点をサポートしてくれる点ですが、インターフェース(画面のデザインなど)がとても使いやすいです。検索はすぐにできますしカテゴリー(税目など)から書籍を探すときも表紙の画像が出ていて見やすいですし、システムに目次がちゃんと登録されていて、目次をクリックすると該当箇所に飛べるのもすごく便利です。

 パラパラっとめくれないストレスでなかなか思うように動かせないと結局億劫で使わなくなったりしますしね。

 そして本文のコピペもできます。引用する形でメールに載せるのもサクサクです。素晴らしい。

 印刷もできるので、プリンターがある環境であれば「書き込めないからなぁ…」という不便を味わうこともありません。

 

4.雑誌もあるのすごい

 税務弘報と税経通信あります。これだけでも元が取れるのでは?

 

5.自己研鑽に繋がりやすい

 これは副次的な効果ですが、日々の業務の中でちょっと気になった論点について勉強したいことが生じても「今直接問題になっているわけじゃないし、また今度勉強しよう」と思って忘れてしまっていたものが、すぐに調べられるので身に付きやすいかなと思います。

 また財産評価について調べているときにみなし贈与についての面白そうな本が目に入ったらどれを読んでもタダなので興味本位で読んでみるとか、そういう効果もあるように思います。

 

6.ラインナップはまだこれから?

 本のラインナップは実際どうよということについては、並んでいるのは良書ばかりだが網羅性は(まだ)十分でない、という印象です。

 佐藤信祐先生の組織再編の本などもありますし、「これ読んでみたかった」「これ面白そう」という本がたくさんあります。

 ただ、例えば消費税のカテゴリーでは本は5冊しかありませんし、インボイス制度にフォーカスしたものは出て来ません。「電子帳簿保存法」とタイトルに入った本は2021年出版の1冊だけです。マイナー論点について言っているわけではなくこの辺は最近ホットな話題ですからね。

 このあたりは、ラインナップがどんどん増えていかないとわりとすぐ飽きてしまいそうですし、今後に期待かなと思います。

 あとこの業界は改正で新しいのを買い直さないといけないということが多いですが、サブスクなのでその辺いい感じになってくれると嬉しいよねと思います。