租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

税理士にとっての租税回避概念の使い道

前回の記事に続いて租税回避の話題で。

講学上の租税回避の議論は、前回もうにゃうにゃ論じたように、かなり抽象的で現実の税務とは距離があるようにも思えます。

しかし、私見としては、中小企業の税務を行う税理士にとっても租税回避をめぐる議論を学び、どういった点が争いになっているかの感覚を掴むことには大きな意味があると考えます。

これは法解釈学や専門家倫理の議論ではなく、業務上思わぬ課税のリスクを避けるという純粋にプラクティカルな見地からです。「思わぬ課税のリスク」には現行法に関するリスクと将来の立法に関するリスクの大きく分けて2つあると整理できるかと思います。

 

①現に存在する否認規定の見落としリスク

税務はもちろん法律に基づいて行うわけですが、現在の租税法規は、租税回避を認めないために様々な否認規定が散りばめられています。

解釈論的に言えば、課税要件が充足していなければ、たとえそれが租税回避行為であろうとも否認はされないのが通説です。しかし、実務においては、ごく単純に「実は個別否認規定の課税要件を充足しているのだがその規定があることを知らなかった」というケースがあり得ます。

そうすると、問題にしているある取引が租税回避的な行為であるとき(経済取引だけで考えると合理性のない、税負担軽減のための迂遠な取引など)、自分の知っている限りでは課税は無いけれども、実は最近措置法に否認規定ができたとか、そういうことを時間をかけて調べるアラートとすることができます。

これはもちろん税理士であれば誰でも暗黙知的に了解していて、日々行っていることでしょう。しかし租税回避に関する研究や考え方を学ぶとこれについての感覚がより研ぎ澄まされるのではないかということです。

また現行法に関するリスクとして、規定の見落としがなくてもきちんと検討した条文についての(当局・裁判所との)解釈相違リスクもあります。一見すると課税要件を充足しなくてもあからさまな租税回避行為であると、当局がさまざまな法律構成を駆使して「否認」にかかる場合があります(相互売買事件や外国税額控除余裕枠事件等)。

 

②将来の否認規定立法リスク

酒井克彦教授は、租税回避が解釈論上否認されないことを前提に租税回避議論の意味について「解釈論上セーフハーバーである租税回避を課税の対象として取り込む根拠法を用意する必要があるかどうかという立法論上の課税ターゲット論のための道具概念であるとするならば,それは有益な議論となり得るであろう」*1と論じられています。

現行法を調べつくして仮に見落としがなかったとしても、立法論としてこれから否認規定が作られないことが保証されるわけではないのは当然のことです。

税理士の仕事をしているとこの先5~10年の見通しでビジネスのスキームを組むことは珍しいことではありません。そのような中で、取引の課税関係について、現在では課税がされないとしても将来課税されることになるのではないかということはやはり考えなければなりません。

そのようなときに、スキームが租税回避的なものであると、否認規定が作られるリスクは高くなります。こうしたリスクを考える際にも、学説や税務訴訟や税制調査会でどういった租税回避が議論されているかを知っておくことは意味があるでしょう。

もちろん現に行った申告の処理間違いと違って、後から課税対象になったからといってこれまでの申告が違法になるわけではなくその意味での問題は生じません。しかし顧問先の利益を考えると、この点には当然に配慮すべきかと思います。

*1:酒井克彦「我が国における租税回避否認の議論」(フィナンシャル・レビュー第126号152頁)。