租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

源泉徴収義務と家事使用人

2人以下なら源泉徴収不要?

 先日、以下の質問を受けました。

 当方個人事業主なのですが、親戚の手伝い2人に少額の給料を払っているだけなら源泉徴収をしなくていいのですよね?

 これは誤解です。

 この問題はおそらく所得税法184条・200条の「家事使用人」という言葉に関する誤解からきていると思いますので、少し条文の整理を試みます。

 

 先に結論だけ言うと「仕事に関係なく家事だけの手伝いをしてくれる人2人以下に給料を払っているだけなら源泉徴収はいらないが必要経費にならない。仕事の手伝いをしている人に払うものは親戚だろうが少額だろうが源泉徴収しなければならない(56条等の問題がなければ必要経費にはなる)」です。

 

タックスアンサーNo.2502

 源泉徴収義務の説明としてまずはわかりやすいタックスアンサーを引用します。「No.2502 源泉徴収義務者とは」はまず次の原則を述べます。

 会社や個人が、人を雇って給与を支払ったり、税理士、弁護士、司法書士などに報酬を支払ったりする場合には、その支払の都度支払金額に応じた所得税及び復興特別所得税を差し引くことになっています。

 しかしその後に例外が出て来ます。

  ただし、常時2人以下のお手伝いさんなどのような家事使用人だけに給与を支払っている個人は、その支払う給与や退職金について源泉徴収をする必要はありません。
 また、給与所得について源泉徴収義務を有する個人以外の個人が支払う弁護士報酬などの報酬・料金については、源泉徴収をする必要はありません(例えば、給与所得者が確定申告などをするために税理士に報酬を支払っても、源泉徴収をする必要はありません。)。

 おそらく冒頭の誤解はこの説明に由来しているのでしょう。なるほど普通に文章として読んで、例えば親戚にちょっと仕事の手伝いをしてもらってお駄賃を払っても源泉徴収をしなくてもよいのかなという風にも見えます。しかしこの「家事使用人」という用語はそのように解釈されているものではありません。

 

所得税法の条文

 「家事使用人」という言葉が登場するのは所得税法の184条と200条のみです(施行令にも登場しません)。条文を確認しましょう。文脈上、183条から通して引用します。

源泉徴収義務)
第百八十三条 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
(省略)
源泉徴収を要しない給与等の支払者)
第百八十四条 常時二人以下の家事使用人のみに対し給与等の支払をする者は、前条の規定にかかわらず、その給与等について所得税を徴収して納付することを要しない。

 すなわち183条が給与所得の支払者に源泉徴収と翌月10日までの納付を求めており、184条はその例外として「常時二人以下の家事使用人のみに対し給与等の支払をする者は」源泉徴収義務がないと言っています。なお、ここで源泉徴収を不要としているのは「その給与等」についてのみです。

 次に退職所得の源泉徴収義務についての199条・200条です。

源泉徴収義務)
第百九十九条 居住者に対し国内において第三十条第一項(退職所得)に規定する退職手当等(以下この章において「退職手当等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その退職手当等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
源泉徴収を要しない退職手当等の支払者)
第二百条 常時二人以下の家事使用人のみに対し第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等の支払をする者は、前条の規定にかかわらず、その支払う退職手当等について所得税を徴収して納付することを要しない。

 給与所得の条文と読み方は同じであり、特に論点はないでしょう。

 ところでタックスアンサーは報酬の源泉徴収に関してもいらない場合を挙げていましたが、これはどこから導出できるのでしょうか。答えは204条2項2号です。

源泉徴収義務)
第二百四条 居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
(中略)
2 前項の規定は、次に掲げるものについては、適用しない。
一 前項に規定する報酬若しくは料金、契約金又は賞金のうち、第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(次号において「給与等」という。)又は第三十条第一項(退職所得)に規定する退職手当等に該当するもの
二 前項第一号から第五号まで並びに第七号及び第八号に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金のうち、第百八十三条第一項(給与所得に係る源泉徴収義務)の規定により給与等につき所得税を徴収して納付すべき個人以外の個人から支払われるもの

(後略)

 結局、給与所得について源泉徴収義務者になる場合のみ報酬についても源泉徴収義務者になるのであり、それ以外の個人が支払う場合は源泉徴収義務がありません。

 ちなみに省略している204条1項では1号から8号まで報酬の種類が列挙されているのですが、周到に排除されている6号はホステス等の報酬・料金です。給与等について源泉徴収義務がない個人が支払うものでもホステス等の報酬は源泉徴収が必要です。このような制度の合理性に関してはよくわかりませんが、いずれにせよ現行法はそうなっています。

 

家事使用人とは

 常時2人以下の家事使用人のみに給与を支払っている場合に源泉徴収義務がないことは条文でも確認できました。ここからの問題は「家事使用人とは何か」です。

 残念ながら所得税法は定義規定を用意していません。タックスアンサーの「お手伝いさんなどのような」という修飾は行政解釈としてヒントになるのかもしれませんが、ほんの例示のニュアンスですから拠り所としては心許ないです。

 ここでは結局「家事」概念を頼りにするしかないのではないかと思われます。

 所得税法は「家事使用人」という用語の定義は置いていませんが「家事」という文言は39条・45条で用いていますし、「使用人」という言葉も随所で用いられています。家事について45条を見てみましょう。

(家事関連費等の必要経費不算入等)
第四十五条 居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
一 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの

 これは家事費及び家事関連費は必要経費に算入しないというお馴染みの条文ですね。そして39条は棚卸資産の家事消費を収入金額に入れるとする条文で、これは帰属所得に課税を行う趣旨の規定であると解されています(酒井克彦『裁判例からみる所得税法』325頁(大蔵財務協会2016))。

 

 

 両方の規定に共通するのは、事業(業務)と家事という異なる要素が共存する個人に特有の論点について、両者にまたがる領域に関する所得計算の采配をする条文であるということです。*1

 

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  例えば事業所得の計算であれば事業(業務)領域の活動だけを抜き出して収入・経費を計算し所得金額を算出するという思想が読み取れます。

 このように捉えたとき、家事使用人は家事領域において使用される人を指すと解するのが体系的解釈として妥当ではないかと思われます。収入金額と必要経費に関する重要な条文において上記のような意味合いで「家事」という用語を使用している所得税法が(もちろん後ろに「使用人」という文言が付いている差異はあれど)184条・200条であえて異なる意味合いで家事概念を使用する必然性がないからです。また、このように解すると「お手伝いさんのような」というタックスアンサーの文言もすんなりと納得できます。

 この結果、家事使用人に対して支払う給与等は家事費となり、所得税法45条により必要経費への算入が否認されます。*2

 家事使用人を巡る解釈、法の適用関係はこのように整理するのが妥当ではないでしょうか。

 

①納税者の事業(業務)ではなく家事に従事する人を家事使用人という。

②家事使用人に対して支払う給与等は家事領域の支出だから必要経費に算入されない。

 

 なお納税者にとって家事領域に従事していることが家事使用人該当性のメルクマールなのであって、当然ながら納税者の親族であるか否かは全く関係のないことです。「お手伝いさんのような」とタックスアンサーが言うように、典型的には家政婦のようなケースが想定されているのでしょう。

 逆に親族という入り口から、家事使用人との対比で青色事業専従者について整理してみるとどうなるでしょうか。文言通り「事業」に専ら従事しているのですからこちらは家事使用人にあたらず、(必要経費に算入されるのは当然ながら)源泉徴収の対象になることがわかります。

 すなわち、青色事業専従者を1人使用しているだけでも支払いの際に所得税を徴収して納付しなければなりません。*3

 冒頭の疑問はこのあたりの混同があったようですが、事業(業務)領域と家事領域という区分を念頭に考えればすっきり理解できるのではないかと思われます。

 逆に不思議なのは、何故家事使用人(常時)2人超だと源泉徴収が必要になるのかです。この点は家事使用人側の課税関係と合わせて考えたほうが納得しやすいかもしれません。

 

家事使用人側の課税関係

 当然ながら「家事領域だから所得計算に関係させない」のは家事使用人を使用する納税者(雇い主)にとってのことであり、家事使用人の側(雇われ側)はそれを仕事として行っています。184条は給与等の支払者から見て家事使用人であれば源泉徴収の必要がないと言っているだけで、受給側にとってそれが給与所得になることはむしろ前提となっています。

 一般的な給与所得者の場合、支払い側の源泉徴収と年末調整によって課税関係は終了します。しかし家事使用人は184条により源泉徴収が行われない場合があります。このため、納税額が発生するときには自身で確定申告を行う必要があります。

 この点国税「確定申告が必要な方」のページ等でわざわざ(1)~(6)の給与所得者の類型のうちのひとつを使って「在日の外国公館に勤務する方や家事使用人の方などで、給与の支払を受ける際に所得税等を源泉徴収されないこととなっている」場合を挙げています。

 経験則的にそれほど給与が高額になることはないようにも思われますが、一概に言い切れるものではありません。家事使用人の場合に源泉徴収の宥恕的な措置を設けておきながらそれをあくまでも2人以下に限っているのは、大規模に家事使用人を使用して課税漏れが起きるというような源泉徴収制度の趣旨が没却する事例が生じることのないよう設けられた防波堤のようなものなのでしょう。*4

 

*1:必要経費と家事費の二分説やより分析的な条文解釈論としては酒井克彦『所得税法の論点研究』338(財経詳報社2011)参照。

*2:家事関連費、施行令96条の問題はとりあえず置いておきます。

*3:さらに、このような納税者はタックスアンサーでいうところの「給与所得について源泉徴収義務を有する個人」となり、税理士や司法書士に支払う報酬についても源泉徴収義務を負います(204条2項2号非該当)。

*4:念の為ですが、このあたり何の参考文献も見ず想像で言ってます。コンメンタールとか見れば書いてあるのでしょうか。