租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

資本金とは何か

1.資本金の説明試論

 先日事務所の職員さんとの会話で、そもそも資本金とは何か?といったあたりの話になりました。

 税務会計人からすれば例えば資本取引と損益取引を区分することは適正な課税所得を計算する上で重要ですし、資本金が1,000万円を超えていたら新設法人として1期目から消費税の課税事業者になるとか、地方税均等割の金額が上がるとか、そういう計算面では意識します。しかし、そもそも資本金という数字が何のために存在するのかについてはあまり意識する機会がありません。

 なんとなく資本金が大きければ立派な会社であるようなイメージはありますし、実際その分元手のお金が出資されたわけですから資本金が大きいほど商売規模が大きく財務基盤が盤石な会社である可能性が高くなります。しかし会計人なら実感としてわかるように資本金が500万円でも実際に会社に500万円相当の財産があるとは限りませんし、資本金という数値が決算書や登記簿に維持されている理由はなんなのか?とも思ってしまいます。

 日頃、会計事務所では商法的な議論がいい加減に流されがちであるという反省もあるため、この機会に他人に説明するためのロジックを整理してみたいと思います。

 わかりやすさを重視したメモですのでちゃんとした商法学説からするといい加減な部分が多いかとは思いますが、ご容赦ください。

 

2.前提としての株式会社

 大前提として株式会社が何かを理解していなければ話になりません(持分会社は捨象します)。

 株式会社はまずお金を出資する人(株主)がいて、彼らが経営の専門家(取締役)にお願いして事業を行ってもらい、その儲けを受け取る仕組みです。儲けを受け取るとは、配当や残余財産の分配、あるいは値上がりした株式を譲渡するなどの形をとります。

 そして、事業を行う際には普通、債務が発生します。銀行から借り入れをすれば当然それは債務ですし、仕入れ代金を月末払いにしている分も債務です(買掛金)。ここで会社に対して債権を有している人たち、すなわち社債権者というプレーヤーが登場します。

 株主は事業が儲かればリターンを受け取ることができますが、事業が失敗すれば出資した分の財産を失うかもしれません。ただし、会社の債権者に対しては出資した財産の範囲でしか責任を負いません(間接有限責任)。すなわち、会社が1億円の借金を負ったまま倒産しても株主が自分自身の財産からその借金を返さなくてはいけないわけではありません。*1

 

3.前提としての会社法

 ここまでで、会社に関係する重要な利害関係者として株主・取締役・債権者が登場しました。株式会社制度が円滑に運営され社会経済を回すためには、これら利害関係者の利害調整が上手く行われるための仕組みが必要です。法律面でのそのような仕組みが会社法です。

 会社法は主に株主間の利害調整、株主と債権者の利害調整、株主と取締役の利害調整について規定しています。従業員も重要ではないかと思われるかもしれませんがそのあたりは労働法・民法の領域になります。

 話が遠回りになりましたが、資本金制度の存在意義は(基本的には)このうち株主と債権者の利害調整にあります。

 

4.剰余金の分配

 結論から言うと資本金は剰余金の配当を制限して債権者を保護するためにあります。

 ポイントは株主が間接有限責任であることです。債権者の目線で見ると、返済の頼りにできるのは会社そのものが持つ財産だけです。会社が潰れたときに株主の方まで追いかけることはできません。そうすると「あまり気楽に株主に配当を出さないでちゃんと財産を残しておいてほしい」と思うことでしょう。そしてまさにそのための制度が資本金です。

 どんな場合に株主への配当を認めるか、制度設計として以下の3つが考えられます。

 

①資産がある限り無制限に配当を認める

②資産が負債を上回る部分について配当を認める

③資産が負債以上の一定額を上回る部分について配当を認める

 

 まず①は不合理であることがわかります。極端に言えば銀行から1億円を借りてそれを全て株主に配当した上で会社を清算してしまえば株主が銀行からお金を詐取できることになります。

 ②については幾分合理的です。まず債権者の取り分を確保して、配当はそれ以上に資産を稼げてからにしてね、というわけです。

 さらに安全をとったのが③です。そして「一定額」というのが資本金というわけです。資本金が1,000万円であれば、資産が負債の額を1,000万円以上上回ってはじめて配当が可能になる会社ということですから、債権者としては安心感あります。現実の会社法はこの仕組みを採用しています。

 会計の視点から言えばこれは資産が「負債と資本金の合計」を上回ってはじめて配当を認めるということであり、要するに利益剰余金がないと配当ができないことの表現になっています。*2

 つまり資本金は「株主への配当か、債権者への弁済(のための財産維持)か」という綱引きの調整装置となります。

 株主の立場からしたら配当が無制限に認められる方がいいのではないかと思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。何故なら、制度設計が株主に有利すぎれば会社に資金を提供する債権者はそもそも現れないからです。事業を行う上では資金を借り入れて投資を行うことは非常に重要ですから、債権者保護があって借り入れがしやすいことは株主にとっても利益になります。

 結局はこうした資本金制度があることによって「株主がお金を出し、ときには債権者からお金を借りて、取締役が事業を行う」という株式会社制度が円滑に回ることになるわけです。

 

5.資本金制度の意義を意識しない理由

 ここで注意なのは資本金制度が債権者保護として働くのは基本的に配当制限の意味でだけだということです。

 仮に1億円の資本金で事業をはじめたとしても、毎年1,000万円の給与や地代を支払って全く売上がないまま10年経てば会社の資産は無くなります。資本金が1億円あるから1億円相当の財産を必ず保有しているわけではありません。

 もちろん、資本金が小さいよりは大きい方が財産を持っている可能性は高いかもしれないくらいのことは言えますが、そういう局面に関しては資本金は直接的な意味を持たず、問題になるのはあくまでも配当を考えるときです。

 そしてこのことが、会計事務所が資本金の意義を意識しにくい理由なのではないかと思います。というのも多くの中小企業は「株主=経営者」であり、配当を出すのではなく役員報酬という形でリターンを受け取るからです。また会社の資金が不足して株主(経営者)が個人のお金を会社に追加で提供する場合にも、普通は出資ではなく一時的な貸付の形をとります。

 そうするとそもそも配当についての実務を行いませんし、極端な場合では株主も債権者も取締役も同じ人物となり、それらの利害調整などという観念は頭に浮かびづらいと言えます。

 しかしそれらはあくまでもたまたま同じ人物が複数の役割に当てはまっているというだけなのですから、原理原則が何かは大切ですね。

 

6.参考文献

 本稿は下記の2冊を参考にしました。伊藤真先生の本は導入にいいのはもちろん、顧問先への説明でも参考になります。リーガルクエストの踏み込み具合は非常にちょうどよくて、税理士が参照する基本書に適していると思っています。

 

*1:もちろん、実際の中小企業では経営者(であり株主)が個人保証に入っている場合が多いですが。

*2:厳密には、準備金や分配可能額の計算についての議論があるためもう少し複雑です。