租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

株式売渡請求権と逆転現象

1.譲渡制限の限界

マイブームにつき三連続の会社法ネタです。税理士の勉強メモなので悪しからず。

株式会社は所有と経営が分離することを前提とした会社制度ではありますが、日本の多くの中小企業ではオーナーの一族が所有も経営も支配しているのが実態です。

そのような文脈の下、意図せぬ株式の散逸を防ぐために株式に譲渡制限をかけることが可能なのはご承知の通りです。

株主が株を譲渡するときには株主総会の承認が必要であるとしておくことで気に入らない株主の登場を防ぐことができます。

ただしこれは例えば相続の場合には適用されません。株主総会が納得していようがいまいが相続が発生すれば株式は相続人に承継されてしまいます。

 

2.売渡請求権

ここでオーナーが90%、経営のパートナーA氏が10%の株式を保有している会社を考えます。

 

オーナー 90%

A氏 10% ※配偶者・子供有

 

オーナーはA氏のことは信頼しているのですが、A氏に万が一のことがあったときに、相続によって配偶者や子供に株式が移るのはあまりうまくないと考えているとします。

そんなとき、現在の会社法の下では、定款に「相続等一般承継があった場合の売渡請求」を規定することができます(会社法174条)。*1

つまりこの場合で言うとA氏が急に亡くなってA氏の配偶者・子供が株式を取得した場合に、それは会社で買い取りますよと決めておけるわけです。

 

(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
第百七十四条 株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。

 

これは思わぬ株主が会社に入り込んでくるのを防ぐために優れた機能を持つように思われます。

 

3.逆転現象

しかし、上記の例で、必ずオーナーよりA氏が先に亡くなるとは限りません(当然ですね)。

そしてオーナーが先に亡くなった場合、売渡請求権の規定により、オーナーの親族は株式を取得しても会社に売り渡さなければならないという逆転現象が起こり得ます。そうすると、オーナーの一族は予想外に会社の支配から締め出されてしまうわけです。

これは結構落とし穴というか、恐ろしいことだと思いました。

 

顧問先の定款にこの条項があったら要注意、ですね。いくつかの会社の定款を見返したら実際に筆者の顧問先にもこの条項を書いているところがありました。

もちろん株式の買い取りは会社が行うため、実際に売買が成立するためには自己株式取得の財源規制にひっかからないことなど条件が整っていなければいけないようですし、売渡請求権はあくまでも権利ですから行使しないことも十分考えられます。ただし顧問税理士として何も考えずにいるわけにはいきません。

逆転現象が起きるのを防ぐための方策としてはそもそもオーナーの持分を資産管理会社として法人にしてしまうなどの方法があり得ます。法人は死にませんからいきなり支配から締め出されることもありません。

 

また逆転現象を別とした売渡請求権一般の注意事項として、売買価格は相続人との協議により決めるのですが、まとまらない場合は裁判所に決定を依頼することになり、これが場合によっては高額になることもあり得るという点があるようです。*2

 

この売渡請求権の論点は税理士会の研修で知ったのですが、自分が持っている会社法の基本書には売渡請求権の説明はあってもこうした落とし穴の説明はなかったので大変実務的でためになりました。

 

*1:対象は譲渡制限株式に限られます。元々譲渡制限をつけていないような場合は株式が自由に広まることを想定しているわけですから売渡請求を規定する必要はないでしょう。

*2:この点、下手に定款の売渡請求権を持ち出すより単に民法上の売買契約で事を進めた方が(オーナー側にとって)いい場合もあるのでしょうか?