租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

「不相当に高額」は私的自治への不当な介入か

松井さんはベトナム事業の成功を確信し、弟を専念させるため月2億5000万円の役員報酬を提示した。実際、2015年12月から4カ月で10億円を払った。松井さん自身も2015年10月からの1年間、月5000万円、年間6億円の役員報酬を得た。

国税当局は2018年、京醍醐味噌の税務調査を実施した。その結果、2013年〜2016年の4年間、松井さんと弟に支払われた役員報酬21億5100万円のうち、約18億3956万円分を「不相当に高額」と指摘した。

 

役員報酬月2億5千万円は「合理的ではない」 関西の味噌会社が国に敗訴…東京地裁(弁護士ドットコムニュース)

 昨日見かけたニュースで、印象に残ったのは最後のコメント部分。

原告代理人山下清兵衛弁護士は「原告の会社は、利益率が極端に高いファブレスメーカーモデルであり、類似企業を探すのは困難」としたうえで「判決は、原告会社の大きな付加価値を生み出すビジネスモデルをまったく理解しないもので、役員の勤労意欲を阻害し、日本企業の発展を阻止する内容だ」と疑問を呈した。

また、法人税法34条2項についても、「費用性のない役員給与を否認できるだけで、実働している役員の役員給与は否認できない。さらに役員給与の費用は、支払い必要性から合理性が根拠付けられるもの。その必要性は株主が決定するもので、税務署は判定する権限も能力もない」と改めて主張した。

原告の松井さんは、滞在先の中国から以下のコメントを寄せた。

「まったく無関係の他業種の報酬と比較され、驚くしかない。国が職種を決め、報酬の上限を定めることを認めた内容で、日本の経営者にとって悲しい判決だ」

 

 以下では上記の判決について議論するわけではないのですが、判決の話題を見て大学時代に租税法の教授が役員退職金に関する判例について「不相当に高額」の規定の適用を「私的自治への不当な介入だ」と批判していたことを思い出しまして、それについて。

 私は教授の議論を聞いてごく素朴に「株主総会の決議を否定しているとか上限を決めているわけではないから、それはちょっと違くない?」という疑問を持ちました。

 というのも、法人税法34条はそれが法人の所得計算上損金になるか否かを定めているだけであって、私法上役員報酬決議の効力を否定したり報酬請求権を認めないとか言ったりするものではないからです。

 ただ単に、法人税法の規定に従って不相当に高額な部分は税金計算において損金にならないだけです。そしてそもそも損金になるのが原則だとか正当だとかいうことすら法人税法自体は何も言っていません*1

 もちろん所得税が課される上に法人税で損金にならないことになれば課税がない場合に比べて支給を阻害する要因になるでしょうからそういった意味では私的経済取引は影響を受けます。が、私的経済取引に影響を与えるのは租税の一般的な性質であり、この規定だけの問題ではありません*2

 仮に「不相当に高額」の規定が租税の中でもとりわけ中立性に対して悪い影響があると考えるとしても、それは原則的に立法政策の問題であって、中立性を阻害する規定であることを理由に解釈論上適用を否定するのは論拠として相当でないものと考えています。

 むしろ、実際に議会を経て現行の法人税法が成立しており、租税法の執行に関して行政には原則として裁量がないわけですから、内容的な価値判断に基づいて法令の適用を行わないことの方が租税法律主義の観点から問題があるようにすら思われます*3

 立法論としてこの規定がダメだという議論であればわかります。個人的には、所得税が課されるんだから法人税で損金になっても別にいいんじゃない? それがダメだというなら法人税所得税のインテグレーションに失敗しているのでは? という感覚です。

 

*1:強いて規定ぶりを観察するならば損金不算入が原則で、定期同額・事前確定・業績連動の一定要件に該当すれば損金不算入の対象外となり、結果的に22条により損金になります。

*2:もっと言えば「定期同額じゃないと損金にならない」という規定についても私的自治への不当な介入だと考えるのでしょうか。

*3:株主総会が決議したならばその金額が相当であり否定されることはない、と考えるなら法人税法の当該規定は存在意味がないことになります。いわば、わざわざこの法律を立法した議会意思の無視・軽視になるのではないかと。