「雇用契約である従業員と違って役員は委任関係だから、給与の締日とか日割り支給という概念がない。だから任期の中途、月の中途半端な日に退職したのであっても日割り計算で役員報酬を支給することはできない」
と実務上言われています。
「実務上言われている」というのは私自身事務所の先輩税理士にそう教わったし、ネットで検索して調べても概してそう書いてあるということです。
そういうもんかなとも思うし、そう考えた方が実務的に簡単なので、基本的には顧問先にもそのように伝えるようにしています。
しかし理論構成としては個人的にどうも釈然としないところがあるので、記事にして問題提起だけしてみます。
冒頭の主張に対して素朴に疑問に思うのは「役員が雇用でなくて委任なのはそうだけど、委任が期間(日数)で計算してはいけないとは決まってないのでは?」という点です。委任は委任として日割り計算するのではダメなのでしょうか。そこまで詰めないと議論が成り立ちません。
以下、つらつらと条文を追って考えてみます。
会社法330条
(株式会社と役員等との関係)
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
まずは議論の前提ともいえる会社法330条。「委任に関する規定に従う」とのことで、民法の委任に関する規定を見ることになります。
その前に会社法における取締役の報酬に関する規定も見ておきましょう。
会社法361条
(取締役の報酬等)
第三百六十一条 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法(後略)
職務執行の対価が支払われることは当然前提としていて、その額は株主総会の決議で決めてくれということですね。会社の機関設計によって決め方のバリエーションは色々あるのですが、ここでは重要ではないので割愛します。
民法の委任の規定にいきましょう。
民法643条
(委任)
第六百四十三条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。民法646条
(準委任)
第六百五十六条 この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。
役員の職務は単に法律行為の委任というよりは事実行為を広く含むので、準委任と解するのが相当でしょうか。結局は同じ規定が準用されるのでここはどちらでも構いません。
そして報酬の規定。
民法648条
(受任者の報酬)
第六百四十八条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。
3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。
二 委任が履行の中途で終了したとき。
これがこの議論で最も重要な条文かと思います。
648条2項は「受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない」としつつ、「ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する」としています。
第六百二十四条第二項は雇用契約の規定です。
民法624条
(報酬の支払時期)
第六百二十四条 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
つまり、受任者としては、本来的には「委任事務を履行した後」でなければ報酬を請求できません。これは会社の役員で言えば任期後になりますでしょうか。
しかし期間によって報酬を定めたときは経過後に請求できます。期間に対して報酬を受け取っていいわけです。
ここで、戻って再確認したいのが前掲648条3項です。
3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。
二 委任が履行の中途で終了したとき。
委任が履行の中途で終了したとき、役員は既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができるのです。役員の退任は「委任が履行の中途で終了」になってくるのではないでしょうか(予定していた通りの任期末で株主総会決議の報酬を払いきって退任する場合は別として)。
そうであれば「既にした履行の割合」を職務執行の日数に基づいて計算し、結果的に日割り計算での報酬の支給となっても何ら問題ないどころか民法の規定に従えばむしろ自然なのではないかという気すらします。期間を定めた場合の報酬の請求は雇用に準拠しているのですし。
逆に、それがダメだというのであれば、例えば取締役の報酬を年額600万円と定めて月割りで50万円ずつ支給するのもダメなのでは?月割りがよくて日割りがダメな根拠とは?と思います。この辺、私が何か勘違いしている可能性もあるのでそうであれば教えていただきたいところです。
そもそも論として「日割り計算の支給はダメ」というときのダメとは何がダメなのかという疑問があります。
会社法・民法は私法であり基本的には私人間の権利義務に作用するのみですから、日割り計算で支給して直接に行政罰や刑事罰を受けることはありません。
考え得るとすれば株主や債権者の権利を害する可能性がある(→返還義務、損害賠償義務?)といった話ですが、報酬を日割り計算する程度の話でそのような問題が起こるとは考えられません。
また民法の規定はいわゆる任意規定ですから、公序良俗に反しないのであれば当事者間の合意によって内容を定めることができることも言うまでもありません。
民法91条
(任意規定と異なる意思表示)
第九十一条 法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。
であれば会社と役員との間で、退任した場合には報酬は日割りで支払うと合意されていればそれでいいのではないかと思うところです。
もちろん以上は私法プロパーの議論であって、ここからは我々税理士の領域、法人税法上「最後日割りで計算すると定期同額給与じゃないから損金にできなくなる」という問題が生じます。
ネット上の記事などを読むと結局はこのことをもって「ダメ」と言っているものが多く、「日割り支給できない」というのは「私法上日割り支給してもいいけど税法上損金にならないからやるべきではない」の言い換えなのかもしれません。
しかし個人的にはこれについても法人税法施行令69条1項1号ロの臨時改定事由にあたると解してもよいのではないかと考えています。
(定期同額給与の範囲等)
第六十九条 法第三十四条第一項第一号(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める給与は、次に掲げる給与とする。
一 法第三十四条第一項第一号に規定する定期給与(以下第六項までにおいて「定期給与」という。)で、次に掲げる改定(以下この号において「給与改定」という。)がされた場合における当該事業年度開始の日又は給与改定前の最後の支給時期の翌日から給与改定後の最初の支給時期の前日又は当該事業年度終了の日までの間の各支給時期における支給額が同額であるもの
イ (省略)
ロ 当該事業年度において当該内国法人の役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情(第四項第二号及び第五項第一号において「臨時改定事由」という。)によりされたこれらの役員に係る定期給与の額の改定(イに掲げる改定を除く。)
法人税基本通達
(職制上の地位の変更等)
9-2-12の3 令第69条第1項第1号ロ《定期同額給与の範囲等》に規定する「役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情」とは、例えば、定時株主総会後、次の定時株主総会までの間において社長が退任したことに伴い臨時株主総会の決議により副社長が社長に就任する場合や、合併に伴いその役員の職務の内容が大幅に変更される場合をいう。(平19年課法2-17「二十」により追加)(注) 役員の職制上の地位とは、定款等の規定又は総会若しくは取締役会の決議等により付与されたものをいう。
この点は解釈問題となり法律関係に不安定さを残しますから私自身顧問先にあえて推奨することはありません。
元より「日割り支給できない」「日割り支給すると損金にならない」というのは私法上も税法上も正しくはないのではという素朴な疑問を有しているだけで「退任時は日割り計算で精算すべきだ」「日割り計算するのが正しいし良いことだ」という考えではありませんので。
とはいえ理屈は理屈でちゃんと整理しておきたいと思うのは私だけでしょうか。
ちなみに「役員 報酬 退職 日割り 規程」などで検索すると、公益系の団体で退任時の役員報酬を日割り計算することとしている規程がちらほら出てきます。