租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

法人から個人への名義変更プランの課税関係についてのメモ(前編)

※2021年9月追記

本記事で議論している名義変更プランについては通達で手当てがされ、(率直な言い方をすれば)脱法的な個人への利益移転としては使えなくなりました。下記の記事をご参照ください。

taxlawlabyrinth.hatenablog.com


 

1.名義変更プランの概要

 少し前から、生命保険契約の法人から個人への名義変更プランというものが一種の節税策として知られているようです。

 細かい点を捨象すれば下記のような流れで取引が行われると説明されます。

 

①法人が生命保険契約を締結する。契約する保険は数年は解約返戻金が極端に低く抑えられ、数年後から急激に解約返戻金が高くなるような設計のものとする(低解約返戻金タイプ)。

②役員などの個人が当該保険を低解約返戻金期間中に買い取る(名義を法人から個人に変更する)。この際の売買価格はその時の解約返戻金相当額とする。

③その後、解約返戻金が上昇してから保険を買い取った個人が解約し多額の解約返戻金を得る。

 

 節税スキームとしてのこのプランの要点は、法人に損金を計上しつつ、個人が低い税負担で収入を得られる点にあります。まず、ここで用いられる保険契約は最初の数年の解約返戻金が極端に抑えられているものであり、その期間中に解約返戻金相当額で買い取れば個人のキャッシュアウトは少なく抑えられます(②のフェーズ)。反面、個人が解約するときには解約返戻金は高くなっておりますので、大きなリターンが得られます。

 そしてここでの解約返戻金収入は一時所得であり、2分の1課税の恩恵を受けられる点が大きなメリットとなります(③のフェーズ)。*1

 いかにも作為的な租税回避的行為ともとれるこのプランですが、課税関係は法的にどう整理できるのでしょうか。否認リスクも踏まえつつこの点について軽く考えてみたいと思います。

 

2.保険契約の譲渡(名義変更)

 保険契約を譲渡する、ということ自体が民事法に詳しくない人間には少しわかりづらいところですが、保険契約であっても双務契約の契約上の地位を譲渡することに関しては当事者の同意があれば問題ないとするのがとりあえずの基本であるようです*2。保険者の同意が必要だろう、という問題はあるものの、例えば日本生命が作成している「保険税務のしおり」という冊子には「名義変更をした場合の税務処理」(57頁)に関する説明があり、有償無償の譲渡があることは生命保険実務において当然の前提となっている感があります。

 

3.保険契約の時価

 保険契約の譲渡が私法上有効に成立するのは前提として、まず考えたいのがこの保険契約の税務上の評価です。日本生命「保険税務のしおり」に記載されている事例に準じて、例えば使用人(従業員)が無償でこの保険契約の名義変更を受けたとするとどうなるでしょうか。

 法律的には名義変更によって個人は保険契約に関する利益を享受するわけですから、所得税法36条の収入金額の規定における「権利その他経済的な利益」の要件を充足し、給与所得として課税関係が生じることとなります。この場合の評価は同条に従い「その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額」であり、評価のタイミングとしては「当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額」となります。

 といっても保険契約は双務契約で単なる請求権だけがあるわけではありませんから、その価額をどのように評価するかは自明ではありません。そこでこの点は所得税基本通達36-37に規定があります。

(保険契約等に関する権利の評価)
36-37 使用者が役員又は使用人に対して支給する生命保険契約若しくは損害保険契約又はこれらに類する共済契約に関する権利については、その支給時において当該契約を解除したとした場合に支払われることとなる解約返戻金の額(解約返戻金のほかに支払われることとなる前納保険料の金額、剰余金の分配額等がある場合には、これらの金額との合計額)により評価する。

 要するに「その時点で契約を解除したとした場合に支払われることとなる解約返戻金の額(配当等含む)」で評価するということです。日本生命「保険税務のしおり」もこのように解していますし、低解約返戻金プランの説明でもこの通達が根拠として掲げられる場合があります。例えば個人へ無償で名義変更をした時点の解約返戻金が20万円であれば、20万円の給与所得があったという課税関係になるわけです。

 その他保険契約の評価として参考になる通達が2つあります。

 ひとつは財産評価基本通達214で「相続開始の時において、まだ保険事故(共済事故を含む。この項において同じ。)が発生していない生命保険契約に関する権利の価額は、相続開始の時において当該契約を解約するとした場合に支払われることとなる解約返戻金の額」と定めています。取引相場のない株式を評価する際にもこの考え方が採られます。

 もうひとつは消費税法基本通達10-1-9で、こちらは課税資産の譲渡等の対価として生命保険契約に関する権利を取得した場合には「その取得した時においてその契約を解除したとした場合に支払われることとなる解約返戻金の額」が譲渡等の金額になるとしています。*3

 以上3点の通達を概観すると、どうも行政解釈としては、生命保険契約の税法上の時価はその契約を解約した場合の解約返戻金相当額であると考えられているようだということがわかります。

 従って有償譲渡を行う場合には、原則的に、その時点の解約返戻金相当額を個人から法人に支払えば適正な時価での譲渡となり、低額譲渡などに関する課税の問題は生じない、と整理されます。すなわち譲渡をした法人の側では保険料積立金との受領額との差額が雑益又は雑損となり、取得をした個人の側では単に時価で権利を取得したという状況になります。

 なお、上記は所得税法相続税法消費税法についての議論です。法人税法に関してはこれといって保険契約の評価に関する規定は見当たりません。この点、酒井克彦編『クローズアップ保険税務(生命保険編)』(財経詳報社2017)では、法人間での名義変更を前提として、寄附金の37条を時価に関する規定として引きつつ、適正な時価は解約返戻金相当額になると論じられています。もっとも下記の通り「見解の対立はあり得ようが」という留保はついています。

ここでの時価とは、見解の対立はあり得ようが、解約返戻金相当額(積立配当金額を含む。)と考えることができる。その理由は、保険契約者の有する権利は、解約権、解約返戻金受領権、契約変更権、保険証券受領権等であるが、このうち解約返戻金受領権以外はその価値を金銭で測定することが困難であることから、保険契約の契約者変更時点における価額に相当するものは、解約返戻金相当額(積立配当金額を含む。)と考えるのが適当であるとの考え方による。(90頁)

 

 

 

 結果として、法人間で解約返戻金相当額以外の価額で取引を行った場合には寄附金・受増益の課税問題が生じると指摘されています。筆者としても、この点についてはこのように考えるほかないのではないかと思うところです。

 結局、保険契約の税法上の時価はどの税目であれその時点で保険契約を解約したとした場合の解約返戻金相当額であると考えられます。ただし、これは低解約返戻金タイプという特殊な保険商品を考慮に入れていない原則論です。

 

長くなってきたので、後半へ続きます。

taxlawlabyrinth.hatenablog.com

 

*1:ただし、周知の通り、一時所得の金額を計算する場合において法人が支払っていた保険料を個人の一時所得の計算において「収入を得るために支出した金額」として控除することはできません。いわゆる逆ハーフタックスプラン事件判決(最高裁平成24年1月13日、同16日)参照。

*2:「保険事例研究会レポート」第207号

*3:「生命保険契約を譲渡」した場合についての規定ではないのでご注意ください。なんでもいいから何か課税資産の譲渡等をして、その対価として(現金預金ではなく)生命保険契約に関する権利を取得した場合の話です。