1.意外にセオリーのない「決算」という業務
筆者が会計事務所(税理士事務所)に就職した当初困ったことのひとつに、「決算」及び「申告書の作成」という業務についてこれといったセオリーやマニュアルがないことがあります。
仮に簿記論や法人税法の試験に受かっていたとしても、それは実際に「決算業務ができる」のとはかなり異なります。ひとつひとつの取引の仕訳や法人税法上の扱いを聞かれればそれはわかるのですが、いざ「資料を渡すからこの会社の決算をして申告書まで作って」と言われても、はて何から手を付けたものやらわからないし、どうなれば「決算がちゃんとできた」ことになるのかもいまひとつピンときませんでした。
2.決算とは何をする作業か
あの頃の自分向けに端的に言ってしまえば決算とは「各勘定科目の残高を正しいものとして確定させる作業」です。
例えばP/Lの通信費勘定であれば「通信費勘定に計上されるべきものがひとつ残らず正しい金額で計上されており、かつ、通信費勘定に計上されるべきでないものは全く計上されていない」のが確認できれば、通信費勘定は正しい残高になっていることになります。
そしてこのような確認作業を全ての勘定科目について行えば理屈上決算が締まったことになります(会計上の数字はもはや変動する余地がありません)。
上記の状態を達成するために試算表・総勘定元帳を見て経理処理をチェックして、間違いを発見すれば直し、直すにあたって取引内容自体を会社に確認する必要があるものがあれば確認する。こうした作業がいわゆる決算です。
勘定科目のチェックの仕方には科目ごとにポイントがあります。例えば銀行預金の残高であれば、銀行が出す残高証明書あるいは通帳の残高と一致している必要がありますし、売掛金であれば請求書等の金額との一致が求められます。家賃は通常であれば12回出ているべきです。このあたりは、内容に応じて考えるほかありません。
3.オススメの書籍
そうした決算業務の参考として、筆者が会計事務所初心者の頃から使用している書籍でオススメのものがあります。それが『STEP式 法人税申告書と決算書の作成手順』です。
この本のいいところは、決算と申告書作成業務を実務的な観点から、しかもとても具体的に書いているところです。というより、実際の決算業務という観点から具体的に手引きとして書かれているのは事実上この本しかないのではないか?という気もします。
いいところは色々あるのですが、下記の観点から、特に一般的な会計事務所の決算業務の参考として手元に置くにはうってつけのものです。
・単に会計や税法の理論の説明ではなく実際の税理士業務の観点から書かれている。
・中小企業の実態を踏まえ、よく用いられる税務会計の処理に絞って説明がされている。
・決算作業と申告書の同時作成という実務の流れに馴染む書き方がされている。
・決算にあたりどのような資料を確認するか、どのような集計資料を作るか、といったことが具体的に記載されている。
・「赤字法人の申告書を作る」「解散法人の申告書を作る」といったように、実務で出くわす類型ごとに申告書の作り方が解説されており、使いやすい。しかも、申告書の記載例も掲載されている。
つまり、簡単に言えば中小企業の決算・申告業務のノウハウや参考事例が凝縮されているような本なわけです。
また、それだけ内容が詰まっているわりに本自体がかなり薄くコンパクトである、というのも個人的には大きな加点ポイントです。辞書のように分厚い本だと紐解くだけで疲れてしまいますし、読み切れないから結局漠然としか読まず、実務に「使う」という感じになりません。その点本書は棚にスっと入れておいて付箋を貼りながらガシガシ使うのに非常に馴染む書きぶりです。
決算・申告業務で参照する書籍としては大蔵財務協会の『法人税 決算と申告の実務』を置いている会計事務所や経理部は多いと思いますが、たしかに避けては通れない一冊ではあるものの、情報が多すぎてかえって日常の決算の手引きとしては使いづらいというのが筆者の肌感覚です。
また『実務』の方の分厚さは法令や通達の規定を網羅的にまとめている文の多さに由来するところも大きく、辞書としての有用性はもちろんあるものの決算業務の際にそれらの説明がいちいち必要かという問題もあります(必要なときに検索すればいい)。
決算業務の手引きという意味での情報量は『STEP式』がそれほど劣るということはないものと感じています。
そんなわけで『STEP式』は決算初心者であった頃の筆者がコッソリ熟読して参考にした書籍なのでした(もちろん今でも参照します)。
オマケで、法人税申告書の作成業務をするにあたっておおいに勉強になったオススメ書籍がもうひとつあるので紹介します。
申告書作成初心者がまずぶつかる問題は、ぶっちゃけて言って、「別表四とか五(一)とか当たり前のように言われるけどわけわからん」というものでしょう。本書『対話式 法人税申告書作成ゼミナール』はタイトル通り、先生と初心者の会話という読みやすい形式で、法人税の申告書の複雑怪奇な記載をわかりやすく説明している一冊です。
筆者もはじめは法人税の別表に軽い恐怖心さえありましたが(法律としての法人税法がわかっていても別表が書けるわけではありません)、本書は別表記載がどうしてそういう形になるのか、その考え方の部分を平易に説明してくれているため、なるほどそういうことか、と別表を読むのがむしろ面白くなりました。
結論として、会計事務所に就職して決算・申告書作成業務をやらされることになったら、とにかく『STEP式 法人税申告書と決算書の作成手順』と『対話式 法人税申告書作成ゼミナール』は買うべきです。『対話式』の方は読んで考え方が掴めればそれだけでも構いませんが、『STEP式』の方はできれば事務所のいつでも手に取れる場所に置いておきたいところです。
※本記事が意外と読まれているので、会計事務所業務全般の参考書で筆者が初心者の頃擦り切れるくらい読んでいた本の紹介も書きました。
taxlawlabyrinth.hatenablog.com