租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

確定決算主義のお勉強

合同会社と確定決算

 くどいようですが合同会社のことを考えています。以前に書いたように、合同会社には(デフォルトでは)株式会社でいう「株主総会」にあたる意思決定機関がそもそも存在しません。

 そこで法人税法の確定決算主義(74条)との問題が起こることは既に触れました。この点について太田達也先生の書籍では「一定の記録を証拠として残すことが考えられる」*1とされていることも紹介しました。

 

 

 あまり揉めるところでもなく実務的な対応としてはそれ以上深く考えることではない気もしますが、法的に言って確定決算主義とはなんなのか?というのが少し不安になったので合同会社との絡みを考えながら軽く判例を見てみます。

 74条の法解釈として何が「確定した決算」なのかがわかっていなければ太田先生の示すような実務対応でいいのかダメなのか、いいなら何故いいのかが判断できないからです。

 

法人税法第74条

 まずは条文です(くっっ……e-Govがメンテナンス中なので租税法判例六法から手打ち……)。

内国法人は、各事業年度終了の日の翌日から二月以内に、税務署長に対し、確定した決算に基づき次に掲げる事項を記載した申告書を提出しなければならない。 

  規定ぶりが難しい条文ではありません。大前提として、条文に「株主総会により」などと規定されているわけではないことが確認できます。

 

2つの裁判例

 酒井克彦先生の『裁判例からみる法人税法』(自分が持っているのは恥ずかしながら二訂版)を見ると、参考になる裁判例がふたつ挙げられています。

 

 

(1)東京地裁昭和54年9月19日

 逋脱の問題が絡んでいますが、総会の承認を経ていない決算に基づく申告が有効な申告と認められた事案です。この判決では法人税法が確定決算主義を採用している趣旨が触れられています。そこでは「会社の最高の意思決定機関である株主総会の承認を受けた決算を基礎として計算させることにより、それが会社自身の意思として、かつ正確な所得が得られる蓋然性が高いが故であるという趣旨」とされています。

 そして「…に鑑みれば、たとえ商法上の確定決算上の手続きに依拠せず、従って商法上は違法であるとしても、確定申告自体が、実質的に、法人の意思に基づきなされたものであると認められる限り、税法上は法74条に基づく有効な申告として扱うものと解するのが相当である」と判断しています。

 要するにここで重要なのは「実質的に法人の意思に基づきなされた申告か」であり、総会自体が適法な申告の要件ではないということです。そもそも最初の趣旨で何故株主総会の承認を受けたものを法が想定していると解しているのかは私にはよくわかりませんが*2、あくまで個別の紛争の裁判ですから、そのような機関設計がある会社の場合を前提として説示しているのかもしれません。

(2)福岡高裁平成19年6月19日

 こちらも総会の承認を経ていないが総勘定元帳の残高に基づいて決算した申告が有効とされた事例です。地裁の判示において、確定決算主義とは原則として「株主総会又は社員総会の承認を受けた決算書類を基礎として所得及び法人税額の計算を行う意味と解すべきである」としています。

 しかしこの判決が面白いのは、原則は上記であるものの、我が国の株式会社・有限会社の大多数を占める中小企業では株主総会・社員総会による承認など行われず代表者と会計担当者の一部の者によって決算が組まれるのが実情だから、総会の承認を経ていないからといって確定申告が無効になると解するのは相当でないとしている点です。ぶっちゃけていますね(地裁の判断が高裁でも維持されているようです)。

 この点に対して酒井先生は、いかに実態であるからといってそれでは法律の形骸化を承認しているようなものであり疑問がある旨の指摘をなされています。読みながら「そりゃそうだ」と言いたくなる真っ当な指摘に思われます。

 好意的に(法律の形骸化を許していないように)読むとするならば、判決は「法律は総会の承認を求めているけれど、実態はみんなやっていないから仕方なくそれでいいと判断する」わけではなく、「みんなやっていない実態がある中で法人税法がそのような規定を設けたということは『確定した決算』とは形式的に総会の承認を要求しているものではないのだろう」というように解釈の方に織り込んだと考えることになるでしょうか。繰り返しますが74条が明文で株主総会・社員総会を要求しているわけではありませんので、解釈で株主総会を要求しなかったとしても文理に反することにはなりません。*3

結局、合同会社はどうすれば

 裁判例を見るに(1)総会のような機関による承認そのものは要件ではない(2)重要なのは内容がちゃんと(概算とかではなく)確定的で、かつ実質的に法人の意思に基づいたものと言えるのかだ*4ということが伺われます。

 結局合同会社がどうすればいいのかについてですが、具体的に「確定した決算」か否かで揉め事になる場面としては課税庁と揉める場合、またそれに伴って社員同士で揉める場合が想定されます。合同会社における業務の意思決定が社員の過半数によって行われる原則に照らして考えると、やはり社員の過半数が承認した決算をもって「確定した決算」と考えるのが無難ではあるのでしょう。そしてそうした承認の過程を書面に残しておけば、なるほど法人の意思に基づいた決算だなと誰もが認めざるを得ません。

 もちろん定款自治が柔軟な合同会社の性格を踏まえて様々な場合が考えられますから、一概にこの形ならいい・この形ならダメとは言いにくいところがあります。法解釈論として言えるのは「最後は実質的な判断だ」というところまでかもしれません。

 

*1:太田達也『〔改訂版〕合同会社の法務・税務と活用事例』127頁(税務研究会出版局2019)

*2:合同会社の登場前であっても人格のない社団のように明確な機関としての総会がない「法人」が確定申告を行うことは当然に想定されるはずです。

*3:ここでは文理に反するわけではないと言っているだけで解釈として妥当だと言っているのではありませんが、法人税法株主総会や社員総会という機関が想定されていない法人についても「確定した決算」に基づいた申告書の提出を求めているのであり、株主総会や社員総会による承認が「確定した決算」の一般的な要件に含まれるものではないと解するのは妥当だと現時点では考えています。ただし決算承認の手続きが会社法に定められている株式会社について言えば、申告書の基礎となった決算が株主総会の承認を経ていない事実は「確定した決算」ではないことを推認する間接事実として働くことは間違いないでしょう。

*4:「法人の意思」が求められるのは損金経理などの場面において法人に選択の余地があり、これについての確定性が求められるからだと考えられます。逆から言えばそうした「意思によって左右される要素」が法人の決定としてこれ以上覆りようがない形で確定していれば「確定した決算」というしかないのであって、そのような状態を作っておくことが重要であると思われます。