租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

税理士という存在の経済的背景と顧問料の考え方

顧問料は”節税”に見合うべきか

 以前(顧問先ではない)知り合いの経営者に「どうなの? 税理士と顧問契約すると、顧問料以上に節税効果出してくれるの?」と聞かれたことがあります。*1

 素朴に考えるとそのような疑問が浮かぶ気持ちはわかります。しかし例えば年間売上数千万で普通に物を仕入れて売るくらいの中小企業に関して言えば、露骨な意味での節税などそれほどやりようがありませんし*2、お望みのような効果は出ないかもしれません。

 もちろん、もっと取引規模が大きく複雑な処理が求められるような場合であれば専門家を入れなければ甚大な租税負担が生じる恐れが高いですから、その場合との差を”節税”と呼ぶかどうかはともかくとして「顧問料を払わない場合の税額に比べれば顧問料を払った方が支出が少ない」状態にはなりやすいでしょうが。

税務人材採用との比較

 しかし私としては上記の発想自体が税理士という存在・システムに合っていないと考えます。

 結論から言えば税理士の顧問料は「それを支払うことによって減少する税額に見合うか」ではなく「顧問税理士と同じ業務がこなせる人材を採用するのと比べて合理的か」で考えるのがわかりやすいし妥当だと思っています。

 具体的には、節税云々の議論以前に法人は法人税の申告書を作って提出しなければなりません。これは単純なコンプライアンスの問題であり、誰かがやらなければならないことです。

 そして法人税の申告書作成は極めて専門性の高い業務であって、素人が行うのはまず無理ですし、それができるまともな人材を会社で正規雇用しようと思えば年間400~600万くらいの給与は普通に必要と思っていいでしょう。*3

 あるいは非専門的な総務人材を採用する場合に比べて200万の追加コスト、みたいな考え方もできるかもしれません(細かい金額についてはここでは議論する気はありません)。

税務職能のシェアリング

 そのようなコストは中小企業には大きな負担であり、顧問料の方がマシだと思えてこないでしょうか。そしてここからはそもそも何故税理士という制度があるのかについての(歴史的・政治的ではなく)経済的な背景の話を考えます。

 法人税の申告業務は前述の通り極めて専門性が高いですが、同時に定型化されたものでもあります。つまり、法人税申告書の作成スキルはどの法人に対してもだいたい同じように使えます。

 このような職能はシェアリングに大変適しています。各企業がわざわざ1人ずつ専任の法人税申告書作成担当者を抱えるより、様々な企業でシェアした方が、企業にとっては支払額を抑えることができ合理的です。あとは税務以外の部分についてそれぞれの企業に合う総務・経理人材を雇えばいいだけです。

 私はこの「税務職能のシェアリング」が税理士(顧問料)制度の実質的な正体だと思っていますし、この考え方は事業会社からしても特に無理なく納得できるものではないでしょうか。

 もちろん「高い顧問料払うんだからちゃんと節税してよ!」と思う気持ちはわかりますし、節税効果が一般的に出ないと言っているのではありません。ちゃんと税理士が入ることで税額が減らせる場面はたくさんあります。ここで言いたかったのは、物事の考え方として自然で妥当なのは何かという話です。

 

*1:別に真剣に煽っているわけではなくちょっとした雑談です。念の為。

*2:私は課税の繰り延べは節税に数えません。念の為。

*3:多少間違ってようが誰かにテキトーにやらせればいいじゃないか、と言われたらそれ以上はもう何も言いませんが…。