租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

返金をしない前受金の税務

 

1.事例

例えば年会費前払い制のスポーツクラブが、2年分の会費を先に払ってもらい、会員が途中退会しても返金しないというような場合があります。

この場合スポーツクラブの経理としては入金時点で全額を益金に計上すべきなのでしょうか。


2.法人税

法人税の原則である「権利確定主義」という考え方からいくと返金しない以上その収入について自分が処分する権利は確定しているわけであり入金時点で全額益金計上にも思えます。しかし、役務提供を行っていない将来(2年目)の分に対応する部分まで益金計上するのは常識論として違和感もあるところです。

この点法基通2-1-40の2は以下のように規定します。

 

(返金不要の支払の帰属の時期)

2-1-40の2 法人が、資産の販売等に係る取引を開始するに際して、相手方から中途解約のいかんにかかわらず取引の開始当初から返金が不要な支払を受ける場合には、原則としてその取引の開始の日の属する事業年度の益金の額に算入する。ただし、当該返金が不要な支払が、契約の特定期間における役務の提供ごとに、それと具体的な対応関係をもって発生する対価の前受けと認められる場合において、その支払を当該役務の提供の対価として、継続して当該特定期間の経過に応じてその収益の額を益金の額に算入しているときは、これを認める。(平30年課法2-8「二」により追加)

(注) 本文の「返金が不要な支払」には、例えば、次のようなものが該当する。

(1) 工業所有権等の実施権の設定の対価として支払を受ける一時金

(2) ノウハウの設定契約に際して支払を受ける一時金又は頭金

(3) 技術役務の提供に係る契約に関連してその着手費用に充当する目的で相手方から収受する仕度金、着手金等のうち、後日精算して剰余金があれば返還することとなっているもの以外のもの

(4) スポーツクラブの会員契約に際して支払を受ける入会金

 

すなわち、返金不要な支払いを受けたときは原則として取引開始日の属する事業年度の益金に計上。ただしその支払いが期間と具体的に対応している場合には、継続経理を条件に、期間の経過に応じた益金計上でもいいということです。例示でスポーツクラブが挙げられています。

これによれば、2年分を前受けした場合には、1年目の分は当期に計上、2年目の分は翌期に計上という処理が認められます。

この通達は会計において収益認識基準が制定されたときに発遣されたもので、法人税法22条の2が収益の計上時期を「その資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度」としているところからすると理解しやすいように思います。

なお通達の説明によれば期間対応が契約書などで具体的に示されている必要があるとのことで、これは事実認定の観点から当然の要求と考えます。

 

3.消費税

消費税における課税資産の譲渡等の計上時期については会計や法人税ほど深い議論はありませんが「課税資産の譲渡等の時期は、原則として、その取引の態様に応じた資産の引渡しの時または役務の提供の時」であると解されているところ(タックスアンサー)、前受金については以下の通達があります

 

(前受金、仮受金に係る資産の譲渡等の時期)

9-1-27 資産の譲渡等に係る前受金、仮受金に係る資産の譲渡等の時期は、法第18条《小規模事業者に係る資産の譲渡等の時期等の特例》の規定の適用を受ける事業者を除き、現実に資産の譲渡等を行った時となることに留意する。

 

これに従えば、先に入金された2年目の分については役務提供がないことから「現実に資産の譲渡等を行った」とは言えず、翌期に課税売上の認識で問題ないものと思われます。

 

4.株価評価

さらに、上記のような認識で2年目の分の会費を前受金として貸借対照表の経過勘定で処理した場合に、その負債が取引相場のない株式の評価(純資産価額)の評価上負債として控除の対象になるかという問題があります。

純資産価額の計算は、各資産の相続税評価額から各負債の金額の合計額の合計額を控除します(評基通185)。負債の金額には「貸倒引当金、退職給与引当金、納税引当金その他の引当金及び準備金に相当する金額」は含まれないことが示されていますが(評基通186)、前受金についてはっきりした通達などはありません。

この点参考になるのが、例えば個人の不動産所得者が得た前受家賃が相続税の計算において債務控除されないという解釈です。仕訳にベッタリだと看過しそうになりますが、前受金は負債であっても債務ではないため相続税の債務控除という点からは当然の解釈とも言えそうです。

 

「前受家賃は債務控除の対象となるか?」(税務研究会)
https://www.zeiken.co.jp/souzoku/jirei-01.html

 

非上場株式評価上の負債計上額が債務控除と同じ扱いなのかという点については「純資産価額方式により、非上場株式を評価する場合の各負債の金額は、相続税法の規定により相続税の課税財産の価額から控除できる債務の額、すなわち、借入金や未払金等の対外的な法的確定債務の金額をいいます」(松本好正『株式譲渡・相続・贈与に役立つ 非上場株式等の評価Q&A(三訂版)』(大蔵財務協会、2022年)332頁)とする見解があります。

相続税の債務控除について、前受金(前受家賃)は控除されない」かつ「非上場株式評価上の負債とは債務控除と同様に考える」という2つの解釈が正しいとすると、株式会社の貸借対照表に計上されている返金不要の前受金は純資産価額の評価上負債にはならないと解すべきでしょう。

法人の清算価値を出す趣旨からしても、負債に含めないのが体系的解釈として妥当ではないかと思われます。