租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

この経理法に名前はあるのでしょうか

前払費用と未払費用の両建て

実務でたまに見かける経理処理方法の話です。

 

(1)前提

継続的な費用ならなんでもいいのですが、例えば「継続的に使用している業務システムの利用料を3ヶ月ごとに前払いする」という取引があるとします。4~6月分、7~9月分、10~12月分…みたいなイメージです。

 

(2)取引の認識時

話題にしたいのは、このときに(契約締結時に)支払い義務について早々に未払金や未払費用勘定で計上する処理です。この時点ではまだサービスを消費したわけではなく費用は立たないため借方は前払金や前払費用となります。

 

4/1 前払費用 300 / 未払費用 300

 

(3)前払費用の処理

そして前払費用は時の経過に応じて費用化していきます。

 

4/30 システム利用料 100 / 前払費用 100

5/31 システム利用料 100 / 前払費用 100

6/30 システム利用料 100 / 前払費用 100

 

(4)未払費用の処理

未払費用は単純に決済時に消し込みます。

例)4~9月分のシステム利用料を4/10に普通預金から振り込んだ。

 

4/10 未払費用 300 / 普通預金 300

 

(5)まとめ

つまり抽象化すると「契約の成立時点で債務額を未払費用として認識し、相手勘定を前払費用とする。その後期間の経過に応じて前払費用を費用(損金)に振り替え、未払費用は決済時に消し込む」という処理方法になります。

これを、家賃など継続的な費用について軒並み行っている会社をたまに見かけます。

この経理法は何か名前のある、確立されたものなのでしょうか?

不勉強にして存じ上げないのですが、仮に「前払未払両建法」と呼称して少し検討してみたいと思います。

 

(仮称)前払未払両建法のメリットデメリット

この経理法のメリットは複式簿記の帳簿(試算表)上で債務を把握することができ管理上わかりやすい点、そしてなんといっても月次・年次の期間損益計算が決済の時点に左右されず統一的に処理できる点かなと思います。

とにかく期間費用は一旦全部前払費用に上げて取り崩すという方法で統一すれば毎月の損益を発生主義できちんと管理できますし「4~6月分の振り込みを忘れてて支払いが6月になったから4・5月分は未払計上、6月分は支払い基準で、そこからは前払い処理」というように処理が決済時点に影響されてブレることがなくなります。

事務的なデメリットとしては単純に、支払時点で費用処理する経理法に比べて手間がかかることでしょうか。

 

税務・会計から見て

わざわざこの処理方法を取り上げて論じているのは、少なくとも会計的には間違っていると考えるためです。

債務認識時点の「前払費用/未払費用」という仕訳ですが、私の認識では前払費用は言葉通り、役務提供を受ける前に現に支出しているから前払いなのであって、支払っていないのに計上するのは誤っています。

逆に未払費用は役務提供を受けているのに支出していないから未払いなのであって、役務の提供を受けていないのに計上するのは誤っています。

結局、仕訳自体としては「ある費用について、前払いかつ未払いの状態である」ということを表す矛盾した表現となっています。

この仕訳をそのまま貸借対照表に表示した場合、純資産には影響を与えませんが総資産及び総負債は過大に表示されることになります。*1

 

これを法人税の視角から見ると、債務の発生と確定の違いとも整理できます。すなわちよく言う債務確定の3要件は「債務の成立・給付原因事実の発生・金額の合理的算定」ですが、例えば3ヶ月の役務提供契約を結んだ段階では私法上の支払債務は発生していますが給付原因事実が発生していないため税法上債務は確定していません。

しかしこれは強いて「前払費用/未払費用」の仕訳にツッコミを入れるならの話であって、役務提供を受けたときに費用化していく部分は法人税法上も適切ですし、最終的に当期純利益の額しか問題にしない法人税法の観点からは(仮称)前払未払両建法は全体としては問題はないと言えます。消費税についても通常は正しくなるでしょう。

総合して、税務の立場からコメントを求められるとしたら「正しいとは言わないけどそうやって処理したいならまぁいいんじゃない?」というところでしょうか。

 

会計ソフトのfreeeには仕訳や元帳に対して「取引」という上位概念があり、仕訳処理と決済を分離しつつ関連付けて処理することができます。(仮称)前払未払両建法と親和性を有する議論な気がします。この辺は経理実務からすれば、たしかにそういう管理ができた方が便利だよね(だからこういう経理法が発生してくる)という話であり、もしかしたら従来の複式簿記システムに足りない点なのかもしれません。

 

*1:そもそも前払費用とか未払費用という用語は企業会計原則で定義が与えられており、単に国語的な「未払の費用」と一致するわけではありませんが、ここではその点はおいておきます。