租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

〔書籍〕『顧問税理士が教えてくれない相続・生前対策パーフェクトガイド』

岸田康雄『顧問税理士が教えてくれない相続・生前対策パーフェクトガイド』(中央経済社2018)

 

内容(「BOOK」データベースより)
企業経営、不動産活用、金融資産運用、生命保険から民事信託まで、すべての分野に横断的な相続対策について、税負担を最小化させる節税手法を中心に詳解します。資産を「自社株式」「不動産」、「金融資産」の3つに分けることで、「企業オーナー」、「地主・不動産オーナー」、「金融資産家」のタイプごとに特有の論点を取り上げています。超富裕層だけでなく、大多数を占める資産2億円までの方々の相続対策についても解説しています。

 

公認会計士・税理士・中小企業診断士の方が書かれた相続対策のガイド。

税理士からすると「顧問税理士が教えてくれない」という煽り文句が気にはなりますが、やはり税理士だと相続税法の規定ベースの思考になりがちなのは事実かとは思います。

その点本書では税制の説明ではなく相続対策について包括的に考える視座が採られており、その中で相続税贈与税についても必要な説明をしていく形となっています(とはいえ結局記述のほとんどは税制ですが)。

 

1件だけあるAmazonレビューでは「金返せもののクソ本」と酷評されておりますが、資産家が相続で悩む典型的な論点と対策が実践的に書かれていて悪くない本なのではないかと思います*1

相続税贈与税の限界税率を比較してトータルで最も税負担が低くなるように生前贈与をプランニングする「最適贈与」のアイデアなどはなんだかんだきちんと検討している税理士は少ないのではないかと思いましたし、暦年贈与と相続時精算課税をどう使い分けるか、持株会社や家族信託の使い所や注意点など相続対策でよく出てくる話は比較的網羅されています。

資産家を「企業オーナー」「地主・不動産オーナー」などに分類し、類型ごとに典型的な対策を出す記述スタイルも実務的で有用です。

税理士としては顧問先の事業承継や相続対策を検討するにあたって議論のメニュー出しの参考になりますし、自分が体験したことないメニューについては軽い擬似体験をすることもでき、顧問先への説明でも役に立ちそうです。

 

事業承継問題については近年官公庁も情報発信をしているところではありますが*2、どうしても教科書的な整理に留まり、「正直こういうところで失敗しやすい」「この制度は使い勝手が悪い」というようなぶっちゃけた意見や温度感のようなものは掴みにくいために表層的な議論に留まりがちな印象があります。

その点本書のような実務本は、ただの制度や税制の説明ではなく具体的な問題解決を志向して書かれているため仕事の参考としての有用性が感じられます。

相続対策を考えるヒントの一冊。

 

 

ちなみに、イメージ的にちょっと以下の本にも近い気がしました。

 

*1:まぁ、のっけから相続税法における配偶者の税額軽減について「法定相続分又は遺産総額の2分の1まで相続税は課税されません(4頁)」と書かれていたり、暦年贈与について同じ文章が繰り返されるなど書籍の完成度としての不安定感は強いのですが、同僚が作ったレジュメくらいに思って読みました。あと本書、税理士の参考文献としてではなく一般の方にも読めるようにとされていますがこれを読みこなせる一般の方は一般の方ではない気もします。

*2:例えば中小企業庁「事業承継ガイドライン」