租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

法人から個人への名義変更プランの課税関係についてのメモ(後編)

※2021年9月追記

本記事で議論している名義変更プランについては通達で手当てがされ、(率直な言い方をすれば)脱法的な個人への利益移転としては使えなくなりました。

具体的には、解約返戻金が資産計上額の7割未満となる保険の価額は資産計上額で評価することとなったため、個人に安く移して一時所得課税で利益を受けるという旨味が減った形になります。下記の記事をご参照ください。

taxlawlabyrinth.hatenablog.com


 

 前編からの続きです。

 

taxlawlabyrinth.hatenablog.com

 

 前編ではとりあえず名義変更プランの概要と私法上の性質、名義変更の際の保険契約の評価は「原則として」譲渡時点で解約したとした場合の解約返戻金相当額(配当等含む)になること、を確認しました。

 

4.低解約返戻タイプの特殊性

 上記の議論はしかし、契約当初の解約返戻金が著しく低く抑えられ、途中から急激に上昇するような低解約返戻タイプの特殊性を考慮に入れていない議論でした。実のところ、低解約返戻タイプのような特殊な場合にはここまでの議論が必ずしも当てはまらず、課税リスクが存するのではないかという指摘があります。

 まず振り返りたいのは前編で引用した日本生命「保険税務のしおり」です。こちらの57-58頁では、ここまで議論してきたような解約返戻金相当額での評価(所基通36-37)による説明をしつつ、欄外に次のような注意事項が示されています。

※法人契約から個人契約へ名義変更するときの保険価額についての注意点

 譲渡される保険契約の価額を不当に低くする等の行為は、必ずしも所得税基本通達36-37の考え方が準用されるわけではなく、租税回避行為としてみなされる可能性があります。

 例えば、解約払戻金を低く設定している商品において、低解約払戻期間中に法人契約から個人契約に契約者変更し、低解約払戻期間後に解約した場合などが考えられます。

 これはもう明らかに法人から個人への名義変更プランを念頭に置いています。というか「例えば~」のケースはまんま名義変更プランです。「名義変更プランは租税回避として否認される懸念があるからね? ちゃんと先に言っておくからね?」という趣旨の注意書きになっています。

  また、酒井克彦編『クローズアップ保険税務(生命保険編)』(財経詳報社2017)91頁でも、所得税の課税実務が所基通36-37であることを前提としつつ低解約返戻型の商品については「解約したときに、取得金額と解約金額の差額を課税するのではなく、取得時に適正な時価を算出するべきという考え方もある。こういった取引に税務リスクがあるとの報道もある」とし、さらに「かような取引は、同族会社で行われることが多く、場合によっては所得税法の同族会社等の行為計算否認規定(所法157)の発動もあり得よう」と課税リスクが指摘されています(余談ながら、前編から同書を引用しておりますが、課税実務系の本は通達などの規定を整理しただけのようなものが多い中、同書は通達などでは取り扱いが判然としない部分についても法律解釈から「こうなるのではないか」と一歩踏み込んだ内容を示してくれており、大変参考になる良書として推奨いたします)。

 

 

 

 個人に対する課税ということでいえば、取得の時点での時価は解約返戻金相当額よりも高い金額であり差額部分は法人から贈与を受けたものという認定での課税が考えられるでしょうか。

 なお上記の議論はいずれも取引の租税回避的な側面にやや焦点を当てた議論ですが、私見としては仮に租税回避の側面を問題視しないとしても、近い将来に解約返戻金が大きく上昇しそれを受け取ることができることが確実な保険契約の時価がその時点の解約返戻金相当額なのかという点は(いわば純粋なファイナンス理論の問題として)素朴に疑問であるように思われます。

 このように考えると、筆者としてはむしろ、行政庁にとっても発動のハードルが高い行為計算否認規定よりも、法人の所得計算の個別規定である寄附金の認定の方が現実性を持っているのではないかと考えます。

法人税法第37条8項

内国法人が資産の譲渡又は経済的な利益の供与をした場合において、その譲渡又は供与の対価の額が当該資産のその譲渡の時における価額又は当該経済的な利益のその供与の時における価額に比して低いときは、当該対価の額と当該価額との差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額は、前項の寄附金の額に含まれるものとする。

 例えばこれまで1,000の保険料(保険料積立金500、損金の保険料500の半額損金)を支払っていた保険を、その時点の解約返戻金300で個人に譲渡した場合の法人の仕訳は下記のようになります(単純化のため積立配当のあたりは省略しています)。

 

借方科目 借方金額 貸方科目 貸方金額
普通預金 300 保険料積立金 500
雑損失 200    

 

 あえて仕訳で表現すれば、このときの借方の雑損失の部分が寄付金に認定される性格のものとなるのではないかということです。もちろん、実際には保険料積立金相当額500が時価と認定されるかどうかはわかりません。それは400かもしれないし600かもしれないわけですが、その時点の解約返戻金相当額の300よりも高ければ差額が寄附金となり損金不算入、そして個人の側では差額部分について所得課税が行われる可能性があります。

 名義変更プランにおいては、このような解約返戻金相当額以上の時価の認定リスクは常に考えておくべきだし、けして非現実的な可能性ではないだろうというのが筆者の見方です。今後は長期平準定期保険や逓増定期保険の取扱いのように、ある程度の数量的な基準を示した上で低解約返戻タイプの保険の評価額の計算の個別通達が発遣されるなどの対応がなされる可能性もあるかと思います。

 ※2021年9月追記。所得税基本通達36-37の改正により、まさにある「程度の数量的な基準を示した上で低解約返戻タイプの保険の評価額の計算の(個別)通達が発遣され」ました。否認のロジックは寄附金というより役員給与が普通でしょうが。

 

5.名義変更時の消費税の取扱い

 やや余談ですが、もう一点筆者が気になっているのは、法人が個人に保険契約を譲渡する際に解約返戻金相当額の収入(先程の仕訳の例で言えば300の普通預金増加)が発生しますが、この売却収入の消費税区分がどうなるのかという問題です。この点について触れている文献は不勉強にして全く知りません。

 ネット上で検索をかけると掲示板などで3パターンの見解を見つけることができます。

①解約返戻金請求権の譲渡だから、金銭債権の譲渡として非課税取引である。

②保険金収入は課税対象外だから、不課税取引である。

③資産の譲渡等であり、支払う側は保険料として支払うことからも、非課税取引である。

 しかし私見としてはこれらの見解はいずれも、必ずしもしっくり来るものではありません。

 ①の見解ですが、保険契約の譲渡は様々な要素が絡み合った双務契約の地位の譲渡であり、たしかに契約者は解約すれば解約返戻金を受領することができる権利を持っているとは言えますが、その金銭債権の譲渡であるとまで言い切ってしまっていいかは微妙です。しかし実態に近い見解であろうとは考えます。

 ②、③の見解についてですが、契約の売却収入は保険事故に伴う保険金ではありませんし、買い手が支払う料金もやはり売却代金であって保険会社に支払う保険料ではありませんから、判断基準としては妥当しないように思われます。

 法解釈的にはまず「資産」の「譲渡」かが問題になるわけですが、消費税法上の資産とは有形無形を問わずおよぞ取引の対象となるようなすべてのものをいうというのが通説ですから、保険契約も資産であることには間違いなく、それが譲渡されるわけですから、資産の譲渡として消費税の課税対象の網にかかることは間違いないと言えるでしょう。

 その上でこれが非課税になるかどうかですが、前述の通り金銭債権そのものの譲渡かと言われるといささか微妙ではあるのですが、(原則的に)当該契約の価額を解約返戻金相当額で評価することとの足並みで考えても、税務的には解約返戻金請求権を取引していると扱うのが実態に近く、消費税法別表第一の二号「有価証券等」→消費税法施行令9条1項4号「貸付金、預金、売掛金その他の金銭債権」に当てはまると読むしかないのではないかと思われます(あるいは、金額を解約返戻金相当額としてることからも、契約の名義変更はそれとしてあり、支払いは解約返戻金請求権の対価としてなされているものである、というような捉え方)。

 結論としては、理由付けにおいて不安を有するものの、保険契約の譲渡は金銭債権の譲渡として非課税取引となり、課税売上割合の計算上は譲渡対価の5%が分母に計上されるという処理になるものと思われます。

 ※2021年9月追記。この点について通達改正後の税務通信3660号に同様の結論を支持する記事が掲載されていましたので、その限りでは筆者の解釈は合っていました。

 

6.おわりに

 名義変更プランの課税関係を根拠規定とともに確認しました。現行通達をごく素朴に理解すれば巷間で言われているような税務処理を行うことになるかと思いますが、現行法においても解約返戻金以上の時価で考えるのが妥当であるという主張は十分に成り立ち得るものと思われますし、行為計算否認規定が発動する可能性も否定はできません。また、将来的には租税回避規定の立法(通達の発遣)リスクも存在します。

 平成30年から保険会社が税務署に提出する支払調書において名義変更の記載が求められるようになったのもこのあたりの背景があるためと言われています。そういったことからも顧問先への説明には十分な注意を払うべきであると言えるでしょう。