租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

福利厚生費に対する給与課税

1.現物給与課税の根拠

 会社が支出している福利厚生費に関して、従業員に経済的利益があるものとして給与課税するか否かという論点についてなんだかなぁと思うことがあったので気持ちを落ち着けるために少し前提の整理を。

 前提中の前提として、お金をもらったわけでもない(例えば社員旅行の会社負担)のに何故従業員が課税されるのかというと、所得税法36条に経済的な利益も収入金額に入れますよと書いてあるからです。

(収入金額)第三十六条 その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。

 これは所得区分に関係なく適用される通則であり、経済的な利益が課税対象になるのはこの条文を根拠としています。

 

2.いわゆる緩和通達

 他方で「経済的な利益」というのは広い概念ですから、これを文字通りに受け取れば社員旅行はもちろんのこと、細かく言いだすと会社主催の飲み会や職場で提供されるコーヒーやお菓子を消費することによる利益なども給与収入として課税しないといけないのではという話になってきます。事務処理負担を考えると現実的には無理な要求です。

 そのような現実を反映してか、36条関係の解釈通達として「課税しない経済的利益」として種々の項目が列挙されています。この中に旅行についての記述もあります。

(課税しない経済的利益……使用者が負担するレクリエーションの費用)
36-30 使用者が役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は使用人が受ける経済的利益については、使用者が、当該行事に参加しなかった役員又は使用人(使用者の業務の必要に基づき参加できなかった者を除く。)に対しその参加に代えて金銭を支給する場合又は役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き、課税しなくて差し支えない。

 「課税しなくて差し支えない」という言葉自体の意味がわからないといいますか、36条でいう経済的利益がないというわけではなく、あるのだろうけれどもそこまでは課税しなくていいよ、というニュアンスです*1。それは純粋に違法ではないでしょうかという素朴な疑問が湧きます。

 「役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き」という点も課税要件に関係がなく、対象が限られていようがいまいが経済的利益があることには変わりはないはずです。

 このような通達は(あまりこの大上段の言い方は好きではないですが、それでもそう言いたくなるほど)租税法律主義違反、合法性の原則に反している可能性が高いと私は思っています。

 36条を文理通りに受け取った上で上記のような経済的利益を課税しないことを法的に正当化するなら、9条の非課税に該当するのでもなければ*2、事実認定のレベルにおいて「結局仕事の一環で参加しているだけで経済的利益など発生していない」というしかないように思われます。が、経済的利益があるかないかだけをいえば、ある場合が多いしょう。嫌々参加するにしろ飲み会に参加したらその日の夕食代は節約される人がほとんどのはずです*3

 裁判例から理解を試みると、佐藤英明先生は香港2泊3日社員旅行事件判決が経済的利益に課税しなくていいとした理由付けを次の5点にあると整理しています。

(ア)使用人らは旅行への参加などを強制されている

(イ)受ける経済的利益を自由に処分できるわけではない

(ウ)使用人らが受ける経済的利益の価額は少額であるのが通常である

(エ)評価が困難な場合も少なくない

(オ)社会一般に行われているようなものに課税するのは国民感情からして妥当ではない

佐藤英明『スタンダード所得税法〔第2版補正版〕』169頁(弘文堂2018)

 

 

 「国民感情」などを持ち出している点がむしろ苦しく感じます。ただ、結論として感情的にはそりゃそうですし、いわゆる緩和通達については、この規定にあてはまる納税者は課税を免れるという利益を得るため問題にならず生き残っているものなのでしょう。

 

3.社員旅行のタックスアンサー

 社員旅行についてはわざわざ専用のタックスアンサーも用意されています。

 

No.2603 従業員レクリエーション旅行や研修旅行

従業員レクリエーション旅行の場合は、その旅行の内容(旅行の企画立案、主催者、旅行の目的・規模・行程、従業員等の参加割合・使用者及び参加従業員等の負担額及び負担割合など)を総合的に勘案して、社会通念上一般に行われているレクリエーション旅行と認められるもので、その旅行によって従業員に供与する経済的利益の額が少額の現物給与は強いて課税しないという少額不追求の趣旨を逸脱しないものであると認められるものについては、その旅行の費用を旅行に参加した人の給与としなくてもよいことになっています。

 前述のような裁判例などを受けたものかはわかりませんが「課税しなくて差し支えない」の次は「給与としなくてもよいことになっています」という謎の文言です。自分で言っておいて他人事のように聞こえるのは私だけでしょうか。

 「少額不追求の趣旨」という記述も出てきますが、たしかに裁判では議論されているものの少額不追求の趣旨に合致する場合は非課税にするとか収入金額としないという規定が所得税法に存在するわけでもなく、タックスアンサーとして堂々と書くにはいまひとつ理解に苦しみます。

 なお上記タックスアンサーの後段では全体の人数の50%以上が参加することなどが条件として掲げられていて、それ自体も意味不明ですが、規程に基づいて全従業員を対象に参加者を募集して金額が少額なものなら50%以上でなくてもいいよというQ&Aも追加されています。

 

「従業員の参加割合が50%未満である従業員レクリエーション旅行」

 

4.全員対象や普遍性という議論

 このように福利厚生費の議論では「従業員全体が対象になっているか」「少なくとも半数が参加しているか」といった点が争点になりがちです。養老保険のいわゆる福利厚生プランなども「特定の使用人のみを被保険者として」いないことが給与課税しない条件となっています(所基通36-31)。

 しかし繰り返しますが経済的利益に対する課税の根拠となる所得税法36条には、全員が対象の場合には課税しないとかそんなことは書いてありません。むしろ、参加する人数が多ければそれだけ多くの経済的利益が生じているという意味で課税の必要性があるという見方すらできます。

 前掲の社員旅行Q&Aでは課税しなくて差し支えないことの理由付けに「会社の福利厚生規程に基づ」いてという点が触れられていますが、この点も結論とどのような関係を有するのか不明です。同じ社員旅行があったとして、社内規程の有無で経済的利益の有無が変わるのでしょうか?

 結局、なんでもかんでも課税するのは無理だけど一部の人が税金が課されずにおいしい思いをするのはちょっとねとか、作為的な租税回避であれば否認したいがそうでないならしてもしょうがないという現場的な感覚が反映されているだけのようにも感じてしまいます。

 これも一応法のメカニズムに沿って理解しようとするならば、全体が参加するようなものであればあくまでも会社の業務の一環である推認が働き経済的利益が観念しづらいという(事実)認定に傾くのに対して、役員など特定の人だけが対象となる場合は特定の人の好みで行っているものであり経済的利益がある場合が多い、という認定に傾きやすいのでしょう。しかしそれはあくまでも間接事実というか経済的利益があるかないかを推認する際の判断材料に過ぎないため、これが法律要件かのように一人歩きすることについては非常に強い違和感があります。

 『スタンダード所得税法』では雇い主側の便宜による経済的利益を課税除外する法理も紹介されていますが、解釈論として使えるものではなく「事業主都合給与ももともとはそれを受け取る人が経済的利益を得ており、所得としての性質を大なり小なり持つわけですから、租税法律主義の観点から、それを一般的に非課税にするためには、法律の規定が必要であると考えられます(172頁)」とされています。


5.通達との向き合い方

 なんだか通達にうざ絡みをするだけの記事になってしまいました。結局、全員対象とか普遍的とか法律にない条件を法律要件のように持ち出されることに違和感があるというお話です。

 行政機関が通達に当てはまる場合を「課税しなくて差し支えない」とするのは勝手ですが(そのものズバりのケースであれば税務職員は通達に羈束されるのである意味当然ですが)、通達に例示されていない福利厚生などについて「全員が対象になっているか」などと指摘されるのは複雑な気持ちです。むしろ法令解釈通達の解釈を参考として、経済的利益が観念できない色々な状況があり得るのだなと考えることも可能であるように思えてしまいます。

 本筋としては、経済的利益があれば法律要件を充足して課税、そうでなければ課税されない、という点をもっと正面から論じるべきなのではないかと思います。

 なお解釈論として通達批判のようなことを議論すると、実務の目線から「そうは言っても現実は通達ベースなので通達の是非を議論するのは税法マニアの自己満足、意味がない」と諫められることがあります。

 もちろんそれはある種の事実で、私も実務においてはここで述べているようなことをくどくど説明する機会はなく、顧客の利益(課税リスクの回避)のために通達を所与として課税されないよう取引を組むことをおすすめする対応をとっています。

 しかし実務の裏側の議論としてはあってもいいのではないかと思いますし、現実的にも、拙ブログの影響力などは皆無ですが、全ての税理士が雑誌記事やブログ等の発信で通達を無批判に受け入れているのとそうでないのとでは、税務行政の現場にも1ミリくらいの影響はあるのではないか?とも思うところです。

 

*1:そもそも通達の見出しが「課税しない経済的利益」となっているので経済的利益であることは認めているようです「食べられないカレー」でもカレーはカレーです。

*2:ちなみに9条6号は「給与所得を有する者がその使用者から受ける金銭以外の物(経済的な利益を含む。)でその職務の性質上欠くことのできないものとして政令で定めるもの」を非課税としていますが、これを受けた施行令21条は公務員宿舎など4つの限定列挙です。

*3:立法論的な賛否は別として一応"経済的"利益ですので。経済的利益を受ける一方で"精神的"苦痛を被っていたとしてもそれに対する手当は法定されていません。