租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

年末調整の電子化

1.年末調整電子化の概要

 あまりアンテナを張っていないうちに年末調整に関する手続きの電子化が色々と具体化されていました。

 

年末調整手続の電子化に向けた取組について(令和2年分以降) 

年末調整手続きの電子化及び年調ソフト等に関するFAQ(PDF/2,6MB) 

[手続名]源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請

 

 これまではいわゆるマルフやマルホを従業員に記入してもらって給与担当者が紙で回収、ソフトへ入力……という手順をとっておこなっていた年末調整ですが、生命保険料や地震保険料の控除証明書を電子的に取得できるようになり、それに伴って前後の手続きもかなり電子的に進められるようになりそうです。

 具体的には(1)従業員が保険料のデータを年調ソフトに入れて自分の年末調整に関するデータを作成し、勤務先にデータを渡す(2)勤務先は従業員からもらったデータを給与ソフトに取り込んで年末調整をする、という手順が実現します。

 こうすると従業員は複雑怪奇な保険料控除申告書を手で書かなくて済みますし(控除額は年調ソフトが自動計算してくれます)、勤務先としても申告書の内容を検算して給与ソフトに手入力するというアナログな手間が削減できます。

 一部の労務管理ソフトでは年末調整に関する情報を従業員にスマホで入力してもらってそのまま年末調整……というフローが可能でしたが、それに近いユーザーエクスペリエンスの手続きが一般的に整備されることになります。従業員数が多い会社ではかなりの事務負担削減になるかもしれません。

 

2.それぞれ何をしなくちゃいけないか?

(1)従業員

 実際の手順を体験したわけではないため詳しいところはわかりませんが、従業員としてはマイナポータルの連携だかなんだかで控除証明書のデータを取得し、年調ソフトで申告書データを作る作業をすることになります。

 年調ソフトってなんだよと思いますがこれは国税庁が今年の10月に無償提供するとのことです。パソコン版の他スマホ版もあり、現在は開発者向けにプロトタイプが公開されています(パソコンに疎い私には試し方がわかりませんでした)。なお、これは従業員側が控除申告書を作るためのソフトであって、年末調整の計算を行うソフト(給与計算ソフト)ではありません。国税が給与計算ソフトを提供するわけではないのは当然といえば当然ですね。ここまで来たら提供してくれてもいいような気もしますが、商売あがったりになる業者は多いでしょう。

 ちなみに一定の申告書データが作れればいいのであって、年調ソフトは民間が作成したものでも構わないとされています。このあたり民間からどれだけソフトが出て来るかは国税が提供するソフトの使いやすさ次第でしょうか。

 

(2)勤務先

 勤務先としてはデータを受け取るための状況の整備が必要になります。本人確認のための措置とかなんとか細かいことはQ&Aに書いてありますが、正直ITに詳しくない私がざっと読んだだけではそこまでピンときませんでした。要はデータを安全に、本人から受領したことが確実なようにやれという趣旨のようです。

 一点手続き上注意なのは、上記の形で電子化の年末調整をやるならあらかじめ承認の申請が必要だということです。承認申請書を提出して何も言われなければ翌月末日に承認があったものとされますから、10月からこの手続きを始めたいなら8月末までに提出して9月末に承認されたものとならなければいけません。

 これを出すのが多少遅れて現実にどこまでの罰則があるか等は別として、「年末」調整とは言いつつも早々に今年の電子化を推進したいなら8月までに検討と準備を進めなければならないことには注意が必要ですね。

 ちなみに言うまでもありませんが、電子化「できる」ようにはなりますが別に今年の年末調整を従来通り紙で行っても全く問題ありません。

 

3.現場としての雑感

 私見としては、日本の年末調整制度はもう破綻していると思っています。

 はっきり言って、今の年末調整書類(扶養控除等申告書など)をきちんと理解して記入している給与所得者がどれだけいるでしょうか。極めてわずかであるというのが経験則からの推測です。なんとなく名前と住所と保険料を書いて出している人がほとんどでしょう。

 その程度の認識で提出される年末調整書類を処理する経理部には多大なる負荷がかかっています。年末調整の計算(所得税制)がもっと簡素だったらまだしも、現在の税制は複雑すぎます。これは、本来税務行政が確定申告事務として行うべきこと、あるいは税理士がお金をもらって行う確定申告代理(簡単バージョン)を無償で行う義務を勤務先事業者に背負わせているのであり、自分にはおよそ正当化が難しい仕組みです。

 もちろん、事業を行うにあたって確定申告義務や源泉徴収義務、税務を離れても会社法に基づく帳簿作成保管義務など、各種の法令順守コストが付いて回るのは当然のことです。しかし立法論として不合理な制度とそうでないものはあるでしょう。

 所得税の計算については、給与所得者であろうが、納税者本人が確定申告をするのが本筋であると個人的には思います。

 「みんなが所得税を理解して自分で計算する能力はない」と言うのであれば、そういう人は現行の年末調整書類も理解できていないはずです。年末調整が破綻しているのに見て見ぬふりをしているだけのことです。逆に年末調整を理解できているのであれば、(一般的な給与所得のみの)確定申告もできます。

 たくさんいる給与所得者が全員確定申告をしたら税務行政は耐えられないとする議論も給与所得控除を巡る論文で読んだことがありますが、それだけ多大な事務負担とわかりながら民間業者に無償で課すことこそ酷なのであって、納税者と距離が近い給与支払者だから簡単にすぐ終わるわけではありません。

 必要な行政事務があればそれを国家の予算で賄うのは当然であり、それが今回のような電子化で効率化され、ゆくゆくは納税者も行政も低いコストでみんな確定申告ができるようになればなぁ……と強く感じさせられました。私なんぞに言われなくともそちらの方向に向かっていることは明らかでしょう。

 最後はただの自分の価値観による意見になってしまいましたが、こうした手続きの電子化は大切にすべき進歩と思います。