租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

〔書籍〕『プログレッシブ税務会計論Ⅰ』

1.税務会計論とは

 尊敬する酒井克彦先生の税務会計本。ずっと積読というかつまみ読みの状態だったので、リンク先は第2版ですが読んだのは旧版です……。*1すみません……。とりあえず自分のノートとして。

 

 

 巷に「税務会計論」と銘打った書籍は多数ありますが、その多くは法人税法の計算規定を説明するものです。そうするとそれは単なる法人税の議論であって「税務会計」なる固有の分野として立ち上げる必要がそもそもないのではないかという素朴な疑問が湧きます。

2.法人税法22条4項の視角

 その点この「プログレッシブ」シリーズでは法人税法と会計が交錯する法人税法第22条4項を中心的な視角として据えて議論を展開していきます。

 

法人税法第22条4項

第二項に規定する当該事業年度の収益の額及び前項各号に掲げる額は、別段の定めがあるものを除き、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする。

 

 法人税法22条の仕組みを単純化してまとめると以下になります。

 

・所得=益金-損金

・益金=別段の定めを除き、収益

・損金=別段の定めを除き、原価・費用・損失

・収益・原価・費用・損失は公正処理基準に従って計算(22条4項)

 

 こうした構造を前提とすると、別段の定めの部分に関しては完全に法人税法固有の領域であり、会計学との交錯を意識する必要がありません。

 しかし別段の定めがない部分については法人税法は「ドアを開けて」、企業会計を参照する仕組みになっています。

 つまり法人税法解釈論において22条4項こそが会計との交錯部分であり、ここに法人税法と会計とを合わせて検討する学問分野の存在意義が認められます。*2

 そして公正処理基準の中心たる企業会計原則が法人税法解釈においていかなる意味を有するのかを体系的に検討するのがまさに本書です。繰り返しますがこれは単に法人税法の計算規定を説明する「税務会計論」の本とは全く異なりますし私の限られた知識の範囲ですがこうしたことをまとめて扱っていること自体非常にユニークで希少です。

3.本書の構成と感想

 構成としては序盤は会計学の簡潔なまとめ、後半は一般原則ひとつひとつと法人税法の関わりについての検討です。

 個人的な印象として、まずは真実性の原則や正規の簿記の原則といった一般原則のおさらいが楽しかったです。税理士試験(財務諸表論)で散々覚えさせられるためこの辺はわかっているつもりの税理士が多いかと思いますが、学説の整理が丁寧な酒井先生のこと、法人税の検討に入る前に会計学それ自体としてもしっかりまとめてくれています。

 そうして改めて一般原則について学んでみるとなるほどこういう内容だったのか、と新たに学ぶことばかり。考えてみれば受験テキストで学ぶ内容なんて会計学研究のほんの一部だけですからね。

 各原則の法規範性や法人税法との関りについては色々論点を出して検討してみるものの結局これといった結論が導かれるわけでもない部分が多いですが、それを整理すること自体がここでの目的であるので、知識のマッピングとして学んでいけばよいかなと思います。

 思うに、税理士は最も「税務会計」的な仕事をする存在です。経営者=オーナーで借り入れもない零細企業において記帳をする実質的な意味はほとんど税務申告に限られますが、顧問先に「どういう根拠にもとづいてどうやって経理というものをするのですか」と聞かれたときにじゃあ税法だけ考えれば記帳の指導ができるのかと聞かれると違いますし、会計原則を持ち出すとしてもそれと税務の関係が説明できなければなりません。

 申告手続の建付けとしては74条の確定決算主義だという話ですが、例えば経理方法を変更するときに会計上の継続性の原則と法人税法とでどう考えればいいのか、重要性の原則を持ち出して簡易な処理をすることが法人税法においても認められるのか、といったもう一歩踏み込んだ内容を考える際には本書の議論が極めて有用になってきます。そういった意味で税理士の基礎教養たる一冊なのではないかと思料いたします。

*1:旧版ではこのⅠで公正処理基準を扱っていますが、そこをⅢに抜き出してⅠでは第2版より一般原則との関係に焦点を絞る形で整理を行ったようです。

*2:もっともこれは法解釈論を前提とした言い方であって、例えば法人税法の計算規定と会計基準との差異を捉えて社会学的な分析をしたり立法論を検討したりする議論はそれはそれで「税務会計論」として存在し得るのでしょう。むしろ税務会計を22条4項の解釈問題に限って捉えるのは終局的には単に法人税法の解釈論であって「税務会計」という呼称(本書によれば、カレーパンがカレーではなくパンであるように税務会計は税法ではなく会計)が適合しているかは微妙かもしれません。最後はネーミングだけの問題なので深追いするところではないのでしょう。