租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

〔裁判例〕個人事業主が自身が代表を勤める会社に支払った外注費の必要経費性

個人事業主は自分が代表を務める会社に外注費を支払えるか?

 税務通信か何かで見かけて気になっていた裁判ですが、地裁・高裁の判決文を読んでみました。大阪地裁平成30年4月19日(控訴審:大阪高裁平成30年11月2日)判決です。

 事案としては燃料小売業を営む個人事業主が、自身が代表を勤める同族会社に外注費を支払って必要経費としていたところ必要経費に算入することはできないとして処分をされたため取り消しを求めた事案です。

 私の経験上でもこの「個人事業主が自分の会社に経費を支払う」というケースは時折見かけるものであり、この場合の(必要経費性を肯定するための)法律構成はどのようになるのかがかねてから気になっていました。実務に影響の深い判決ではないかと思っています。

 

事実関係

 細かく書くと長いのでざっくりと紹介しますが、 納税者の原告はB商店の屋号で個人事業(LPガス等の燃料小売業)を営んでいる個人事業主です。

 そして原告は自身が代表取締役を務める会社(本件会社)にガス等の配達、販売、保守等の業務を委託して外注費を支払い、個人事業の必要経費に算入していました。

 ここで重要なのは、当該配達業務には原告自身が(そして原告のみが)従事していた点です。また必要な設備もB商店のものを使用していました。

 細かい事実の部分は後で実務的な対策と含めて見ていくことにします。

 

判示(大阪地裁)

  地裁・高裁ともに納税者敗訴です。地裁の判決文の一部を引用しますが、裁判所はまず関係法令の定めからして必要経費に該当するためには①必要性要件と②関連性要件の2つを満たす必要があるとしたうえで、次のように結論しています。

B商店の業務に関し、B商店たる原告が本件会社に対し本件配達販売を委託し、本件会社がこれを遂行し、原告から本件会社に対し本件外注費が支払われたという形式及び外観が存在するものの、その実質は、原告が自らB商店の事業主としてその業務を遂行する一方で、本件取決めに基づく取扱いを継続することにより、本来支払う必要のない事業主自身の労働の対価(報酬)を、「外注配達費」や「人夫派遣費」という名目で本件外注費として本件会社に支払っていたものといわざるを得ない。

 以上によれば、本件外注費は、社会通念上、B商店の業務の遂行上必要であるとはいえず、必要経費該当性の判断基準における必要経費性を書くものと認められるから、原告の事業所得に係る必要経費には該当しないというべきである。(太字は引用者)

 つまり必要性要件の該当性を否定したわけです。自分が自分に支払いをするのは、その必要がないというわけです。

 

必要経費の要件論

 本判決の特徴とも言えるのは、必要経費の否認を45条(家事関連費)や157条(同族会社の行為計算否認)を持ち出さず、単に必要経費を定義した規定である37条の解釈だけによって行っている点です。

所得税法第37条1項

 その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(中略)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。

  繰り返しますが判決はある支出が必要経費にあたると言えるためには①必要性要件(業務の遂行上必要であること)②関連性要件(支出が事業所得を生ずべき業務と合理的な関連性を有すること)の2つの要件を満たすことが必要であるとしています。また、その判断は客観的に、社会通念で行うと。

 あてはめの結果、関連性要件は認められたものの自分から自分に支払うのはその必要がないとして必要性要件で否認されました。

 このような要件論は学説の通説ではないように思われます。例えば所得税法の基本書の定番『スタンダード所得税法』にもこうした要件論は説明されていません。

 裁判例として類似するものがあるかと『裁判例からみる所得税法』を紐解いてみると、45条を持ち出さずに必要経費性を否定した判決として「サラリーマン家庭が一般的に行っている家族旅行と異ならないような家族従業員の慰安旅行の費用の必要経費性が否認された事例」(387頁)として紹介されている名古屋地裁平成5年11月19日判決があります。

 

 

  これは事案タイトルの通り個人事業主が妻と子供2人と夏休みに軽井沢に旅行に行った旅行費用を福利厚生費に計上していたところ、事業の必要性があってやったことというよりはサラリーマン家庭の家族旅行と同じだということで「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」には該当しないとされた例です。

 この事案に関しては特に家事費・家事関連費を持ち出してもよかったように思いますが、上記書籍に引用された部分を見ると37条へのあてはめで否認しているようです。必要性・関連性という2要件論こそ見えませんが37条のみで否認を行う点が大阪地裁平成30年判決に少し似ているように思いました。

 税経通信の木山先生の評釈でも触れられていましたが、この辺りの解釈論は所得税法の基本規定でありながら不安定な部分が多いため、今後の学説・判例の展開を注視したいところです。

 

消極的に評価された点と考え得る対応

 ここからは法解釈論を離れて税理士として実務的な対応について考えます。

 本判決では、事実関係の細かな点が国税・裁判所によってチクチクと指摘され、「結局外注費なんていうのは体裁だけで、結局は自分で自分に払ったお金を必要経費にしていただけ」という結論に寄っていきました。

 これは逆に言えば、消極的に評価された点を変えていけば必要経費として評価される方向に持っていける可能性があったのではないかという議論にも繋がっていきます。以下では私の主観により実務上のポイントになりそうな点を拾ってみます。

 

(業務の実態面) 

①会社で受託業務に従事していたのが自分自身である

 まずはこれが決定打だったように見受けられます。判決文の中にさらっと書かれていますが、B商店から本件会社への事務委託にもとづき原告の妻が本件会社の従業員として行った事務処理への支払い月額7万5千円は必要経費として認められています。

 自分が頼んだ仕事を自分が行うというのは客観的・社会通念的に見て筋が通らないとされますが親族であれば結果は大きく異なるものと思われます。

②いつ会社の業務に従事するかは納税者自らの判断だった

 これも結局個人事業と会社の代表としての境界線の曖昧さという問題につながっています。空間的・時間的な意味で個人としての業務と会社代表としての業務がきっちり分けられていれば異なる心証につながるのではないでしょうか。

③委託業務の範囲が個人事業の業務全般に及び、特に限定がなかった

 同上。きっちりと「個人事業ではこの部分、法人ではこっちの部分」と棲み分けをしていれば結果は違ったかもしれません。

個人事業主の設備・費用で業務を行っていた

 これは事業所得・給与所得の区分でも問題になりがちな費用負担の論点ですが、今回はこれが会社としての独立性のなさというか、結局は個人事業主の枠組みの中でやっているだけのことではないかという認定に繋がったように思われます。

 

 (契約の形式面) 

⑤契約書等の書面がない

 これは形式的な側面であり「契約書があればいい」とは言えないのですが、曖昧さを疑われる場面において「ない」という事実はやはり争いを不利な方向へ進めるのは間違いないでしょう。「ここ、疑いの目で見られるかもな」というときには形式面も整えておくべきと言う教訓ですね。

 

(会社の内容面)

⑥会社の目的に本件の業務が含まれていない

 この点税理士実務では意外と見落とされがちなのではないでしょうか? 商法の世界の問題として定款・謄本に記載されている会社の目的が何かは重要です。なにより契約書の議論と同じで問題になりそうな取引については特に、です。

⑦会社は本件業務に必要な登録や認定を受けていなかった

  これも何気に重大な論点で、「どうしてそのような会社にわざわざ業務を委託したのか」と突っ込まれてしまうとぐうの音も出ません。

 

 上記の7つの点のうち、業務を行ったのが自分自身である、という点を除いたとしても他の部分は事前に対策しようと思えば対応できることですし、きちんとやっておけば裁判の結果は変わっていたのではないかと思われます。

 ですから、本判決をもって「個人事業主から自分の会社にお金を払って自分が業務を行うのはダメだ」とまでは言えないように思います。

 

影響範囲

 本判決がどの程度今後の実務に影響してくるかはわかりませんが、私としては比較的訴額が小さいところが怖いなぁと思っています。

 原告が必要経費に入れていた金額は年間600~700万円程度で、1人の人間が従事する受託業務の報酬として金額的には妥当な範囲のように思われますし、このくらいの取引は世の中にたくさんあるのではないかと思っています。ですから、裁判になるようなのは特別に高額で悪質な取引だ、と他人事で構えているわけにはいきません。

 また事後処理として困るのは原告が会社の代表として本件会社から貰っていた給与の扱いです。 原告は「事業所得で必要経費が否認されるなら、会社から役員給与としてもらっている分に課税されるのは二重課税だ」と主張しました。言いたいことはわかります。しかしこれについて裁判所は、発生原因の異なる別個のものだとして突っぱねています。どうにも不合理な結果のようにも思われますが、受け入れるしかないのでしょう。

 本判決のような必要経費該当性の処理が「自分自身への支払い」以外にも影響するかも気になるところです。個人的には「これは45条の家事(関連)費だから必要経費ではない」と言われるならともかく37条の必要性そのもので否認されるのは実務上考えたくないところです。どうにも事業における必要性の判定というのは裁判所の判断に馴染まないもののように思えるからです。

 法解釈論を離れた屁理屈になってしまいますが、例えば個人事業主が「これ1本シューっと吹けば空気中の菌が100%消失する空気清浄スプレー(もちろん嘘で効果ゼロ)」を事業の安全性確保に有効だと信じて買っていたらどうでしょうか。客観的に見てこれは必要ではない支出ですが、こういったことを裁判所が「必要ではないから所得から引けない」と判断するのは違和感があります。

 家事費は消費だから必要経費ではないといった論理構成であれば否認される意味はわかるのですが、個々の支出の事業上の必要性そのものは会社法でいう「経営判断原則」のように納税者の判断に任せるような法的枠組みがあったほうが実務の実感には沿うように思います(消費になっていないものであれば課税の公平や脱漏を懸念する必要はありません)。その意味では必要経費該当性の判断において「必要性」を殊更に強調する要件論には疑問を覚えるところではあります。

 

 

 

(参考文献)

地裁判決文PDF(税務訴訟資料)

高裁判決文PDF(税務訴訟資料)

木山泰嗣「判批」税経通信76巻1号

租税争訟レポート 【第49回】「個人事業主の必要経費該当性(第一審:大阪地方裁判所2018(平成30)年4月19日判決、控訴審:大阪高等裁判所2018(平成30)年11月2日判決)」 | 米澤勝 | 税務・会計のWeb情報誌プロフェッションジャーナル | Profession Journal