租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

「副業で赤字を出して損益通算で節税」とか普通に否認されています

1.巷で言われる”節税術”

 どこが出所なのかはわかりませんが「サラリーマンが副業で赤字を出して事業所得として申告すればその赤字を給与所得から引くことができる」という”節税術”が時々話題になります。

 残念ですが税理士から見るとこの”節税術”はダメです。説教臭いようですが、今回はこれについて書いてみたいと思います。

 スキームのポイントは、会社員が副業を行い、それを事業所得で申告するところです。普通は副業というと雑所得での申告になりますが、雑所得だと損益通算ができない仕組みになっています。

 そこであえて事業所得にすることで、損益通算を可能にし、ただ単に給与に対して課税がされる場合よりも税負担を下げようということのようです。

 

・雑所得 → 損益通算不可

・事業所得 → 損益通算可

 

2.事業所得と雑所得

 そうすると、ポイントは「副業の所得が事業所得として認められるか」になってきます。結論から言いますが、こうした”節税術”として考える程度の副業が事業として認められる見込みは薄いでしょう。

 これは私が勝手に言っているのではなくて、たくさん事例があります。最近のそれっぽいものをひとつ引用してみます。

事業所得か雑所得かの判断に参考になる判決では、大阪地裁平成23年12月16日判決があります。医師がサイドビジネスとして10人程度の顧客に服飾レンタルサービスを行っていたのですが、裁判所の判断としては医師業の傍らにわずかな時間と労力により、特段の人的設備や物的設備を備えることなく行われたものであり、事業としての社会的客観性を有しているとは認めがたく、自己の服飾費を経費にすることで節税効果を狙っていたとみるのが自然だとして事業所得ではないと判断しました。

ZeikenPress

  まさにサイドビジネスとしてちょっとしたサービスを営んでいたものが、単なる節税目的であって事業として認めるほどではないとして雑所得認定されています。

 この他にも事業所得か雑所得かの区分が裁判で争われた事例は多数あります。所得税法分野の研究で名高い佐藤英明教授の基本書では、種々の裁判例の分析の結果として、裁判では「所得発生の安定性」が事業所得該当性の重要な判断要素になっていると指摘されています。

ざっくりいってしまえば、「ある経済的活動から得られる所得で人が暮らしていけるものは『事業』だが、生計のための本業のほかに片手間で行なっている経済的活動は事業ではない」というわけです。(中略)そして、これらの裁判例においては、裁判所は、そういう本業のほかに行なう経済活動は、いわば「片手間」で行なわれているものであって事業所得を発生させる「事業」とはいえない、と判断する傾向が強いといえます。(太字は引用者)

佐藤英明『スタンダード所得税法〔第2版補正版〕』205頁(弘文堂2018) 

 

 

 このような裁判の傾向が事実として存在するわけです。もちろんこうした傾向が法解釈として妥当か、という議論はそれはそれであり得ます。しかし過去の裁判例をひっくり返してまで争う実益がこの”節税術”にあるかは冷静に考える必要があるかと思います。

 節税指南の本を読んでいるときはアレコレと「いや、これは事業なんです! 何故なら……」と主張する方便が思い浮かぶかもしれませんが、実際に税務調査があって「雑所得でしょ」と言われてしまえばそれまでの話です。指南本の著者が責任を取ってくれるわけではありません。

 

3.スキームとしての筋の悪さ

 見てきた通り、そもそも片手間の業務の所得は事業所得と認められない可能性が高いため、「会社員が副業で赤字を出して損益通算」は節税術としては成立しないと思われます。

 さらに、上記の点を脇に置くとしても、このスキームには次の2点の疑問があります。

 

(1)そもそも赤字を出して意味があるのか

 所得税は儲けの一部を支払うものであって、税金の支払いが減るということは、それ以上に儲け自体が減っているということです。つまり、副業で赤字を出したら、たしかに税金の支払い額は減るとしても、それ以上に自分のお金が減っていることになります。

 節税の目的は税額の減少それ自体ではなく、節税を通じて経済的に豊かになることなはずです。赤字であればそれが達成できないのではないでしょうか。

 これに対してよく言われるのは家賃など生活費の一部を副業に使ったものとして経費化するだけだから実際に赤字として血が流れるわけではないというものです。

 しかしそもそも所得税は家事費・家事関連費を必要経費に入れることは認めていませんから、ここでも危ない橋を渡ることになります*1

 何が言いたいかというと「実際に副業で赤字だというなら経済的に豊かになる策としての意味を成していないし、生活費を経費に入れているだけだというなら違法な申告になる可能性が高くなる、どちらにせよ筋が悪い」ということです。

 

(2)申告書で丸わかり

 もうひとつこのスキームが節税術として筋が悪いのは、そういう節税をしていることが申告書上で丸わかりなことです。給与所得がある、事業所得が赤字である……これは確定申告書の頭に思いっきり記載されます。

 自分が税務署の職員であれば一目で「あー、そういう申告ね」と思うでしょう。税務調査に行けば前述の医師の事例のような形で増分が取れることは容易に見通せます。

 それに比べれば、けして推奨や肯定をするわけではありませんが、普通の事業所得者が「プライベート色の強い支出を経費に入れてみる」という行為の方がよほど目立ちにくいです。申告書には勘定科目ごとの合計額が載るのみであって、帳簿や領収書を申告時に添付するわけではないからです。

 もちろん目立たずバレないならやっていいと言っているわけではありません。ただでさえ筋の悪い”節税”を、あえて税務署にアピールしてまでやるか?という素朴な疑問です。

 

4.開業届に関する誤解

 もうひとつ触れておきたいのは、開業届に関する誤解です。

 事業所得と雑所得の区分が微妙である点について「開業届を税務署に出して明確に意思表示しておけば事業所得として認められる」というような誤解が一部にあるようです。

 そもそも開業届出自体は税務署へのお知らせ程度の意味しか果たしません。事業を始めたら開業届でお知らせするのであって、開業届を出したから事業が始まったことになるのではありません。原因と結果が逆です。

 事業所得にあたるような事業を行っていないのに開業届を出した人がいたら、不必要な届出を誤って出していましたねという話になるだけのことです。「これはこれは! 開業届を出していたなら、たしかに事業ですね!」となるわけではありません(堅い言い方をすると、開業届の提出は事業所得該当性の要件ではありません)。

 

5.最後に

 所得税と住民税合わせて15%の税率の会社員が「副業の赤字で節税」として10万円の赤字を計上したとしても、減少する税額は1万5千円です。この金額のために税務署がわざわざ動くか、というのは現実論としてはあるかもしれません。

 しかしそれはもはや「ちょっと消しゴムを万引きするくらいならバレないだろうし最悪バレてもそんなに大事にならないだろう」といったレベルの議論であって、この”節税術”が正当か否かなどとは全く関係がないことです。

 このような節税に精を出すことより、もっと有効な時間の使い方が人生にはあるような気がします。

 

*1:もちろんその中でも正当な家事按分はあります。ここでは元々普通に生活していた会社員が追加的支出なく副業を行っているならそこには業務に係る費用は少ないはずだという想定をしています。