租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

「一応自分でも確定申告できるのに税理士に頼む意味はなんなのか」を考えてみた

 先日、プライベートの場面で、とある個人事業主の方から以下のようなことを言われました。

 

「合ってる合ってないは別として、今はクラウド会計で画面を進めていけば一応自分で確定申告ができるじゃないですか。それでもなお税理士に頼む意味というのはなんなのか、以前に税理士に聞いたけど明確な答えが返ってこなかったんです。それが釈然としなくて」

 

 その方は喧嘩腰で仰っているわけではなくて*1、お金を払うのはいいけど何の価値に対して払うのかきちんと理解をして納得したいという趣旨のようでした。

 言われてみれば当然の感情ですが、私も案外その場その場で答えるだけで(実際どういうメリットが出るかはお客様の類型によるということもありますが)まとめて文章化したことがなかったので自分の頭の整理としてこの機会に書き下してみることにしました。

 以下では、年商5千万以下くらいの個人事業主を念頭においています。

 

 

 

①誤りや当然の控除適用漏れなどが防止できる

 まず、失礼ながら昨今のクラウド会計は、自動でなんとなく画面が進んでいくので「できている感じ」は得られますが、必ずしも合っておらず実際には内容はめちゃくちゃである、というのは税理士業界ではよく指摘されるところです*2。すなわち、上からの言い方になってしまいますが自身でできていると思っていても全然できていないという可能性は十分あり得ます。当然ですが税理士に依頼するとこの点は解消します。

 税金の誤りは、もちろん払い過ぎであればそのまま損ですが、「払いが少なすぎる」のもやはり問題で、後から税務署に指摘されると本来払うべきだった税額に加えて加算税・延滞税という手痛い罰則を払うことになります。そんなものを払うくらいなら最初から適正申告した方がマシです。

 また、当然使える経費や所得控除の適用漏れも本人申告では散見されるところです。扶養している親御さんを控除に入れられるとか、社会保険料控除・医療費控除は親族の分も支払えば適用できるなど、いわゆる「節税」と言われるもの以前の当然の計算で適用できる控除も案外非専門家は知らないものです。

 税理士に依頼すればご家族の状況などを聞いて「奥様の国民年金も支払っておられるのでは?」等と確認をしますので適用漏れがなくなります*3

 また、冠婚葬祭などで交際費を支払った際に領収書が出ないからと経費に入れることをあきらめている方もおられますが、そういった場合は「出金伝票」を書いてきちんと記録を残しておけば基本的には認められるはずです。このような点も知らずに思い込んでいる場合があり、税理士に依頼すれば指摘してもらえます。

 

②有利な税制の適用漏れが防止できる

 申告内容の適正化という意味では①と同じなのですが、①では基礎的な内容をきちんとできるかという点を取り上げました。それに加えて応用的に、時限立法の特例税制のような優遇措置を適用できるかという問題があります。

 例えば現在では賃上げ促進税制という従業員の給与を増やした場合の優遇措置がありますが、これを非専門家がきちんと情報収集して適用することは不可能に近いのではないかと思います(そもそもご自身で申告しておられる個人事業主で従業員を雇っている方は少ないかもしれませんが、例として)。

 あるいは消費税の簡易課税など、課税関係について選択の余地があり選択によって税額が変わる制度もあります。こうした点について適切な選択をしようと思えば、基礎的な控除の適用以上に税理士でないと難しいと思われます。

 

③税務調査対応の負担が軽減できる

 これは諸説ありますが、個人の確定申告については税理士が代理をしていない場合も多く、その場合には誤りが多く見受けられるため、調査は税理士がついていない申告から優先して行われる傾向にあると言われることがあります。ありていに言えば税理士が署名した場合には「まぁ税理士がやってるならそんな変な申告ではないんでしょ」という推定が働くということです。これが本当だとすれば、それ自体がメリットであると言えます。

 また実際に税務調査が来た際には税理士の立会がなければ税務署の「言いたい放題」になってしまうことは容易に予想されます。事前に「経費について突っ込まれてもオレは税務署と戦えるぞ!」などと思っていても、そのような想像(妄想)は現実にならないと思った方がいいでしょう。

 調査が発生してしまったらそのときスポットで税理士に立会を依頼するという手もありますが、そもそも処理が誤っているとか日頃のコミュニケーションがない税理士が立ち会う場合ですと効果は薄まってしまうかと思います。

 

④税金面でのアドバイスが受けられる

 一旦申告書を提出することそれ自体から離れた観点ですが、様々な税金面でのアドバイスや情報提供を受けることができます。

 例えばNISAやiDeCoがお得ですよといった話、いまの所得に対してふるさと納税がこれくらいできますよといった話です。この辺はやはり非専門家ですと知らなければ知らないまま終わってしまうという感じなので地味なメリットとしてはあると思います。

 ただ、年に一度申告作業だけお願いするというスタイルで税理士と関与していると、こういったことについて話す機会がないので情報提供を受けづらいかもしれません。顧問契約であれば当然何か気になったときに相談をすれば答えてもらえます。

 

⑤税金面以外でもアドバイスが得られる(かも)

 アドバイスは税金そのもののことに限られません。例えば所得が高いと来年は社保も上がってこれくらいになりそう、この時期に支払いが発生する、などお金周りのことについて注意喚起をしてくれる税理士は多いのではないかと思います。

 結局支払額が同じならたいして変わらないじゃないかと思うかもしれませんが、特に個人事業主にとって、公金の支払いを漠然と不安に思わずビジネスに集中することは重要です。予め資金を準備しておけば「やっとお金が貯まったと思ったのにまた減るのか」というストレスや徒労感を覚えずに済みますし、予期せず支払いが生じてキャッシュ不足になるとビジネス上致命傷になることすらあり得ます*4

 また、「政府からこんな補助金が出ました。あなたは申請できると思われます」という補助金に関する情報も税理士から得られる場合があります。ただしこの辺は契約にもよりますし、個々の税理士にもよります。あくまで親切の範囲でやっていて責任は負っていない税理士が多いと思われます*5

 

⑥確定申告作業に割く時間が節約できる

 説明するまでもないことですが、時間単価の高い高所得の方だと本当にバカになりません。会社員と異なり自営業者は働けば働くだけ生産できる(稼げる)ということも多いですので。説明としては短く済みますが場合によっては最大のメリットかもしれません。

 

⑦税金に関する漠然とした不安から解放される

 こちらは精神面のメリット。「税理士に頼んだら税金が安くなるのか」を気にされる方はもちろん多いですが逆に「知らぬ間に低く納めすぎているのでは、脱税してしまっているのでは」という不安を持たれる方も結構多いです。意図せぬしょうもないことで税務署と揉めて精神的・時間的な負荷がかかるくらいなら専門家に任せて適正額で申告した方がビジネスジャッジとしてはずっと割に合うかと思います。

 税理士が代理で申告すれば基本的には税務署からの問い合わせなど連絡は本人に直接行かずまず税理士のところに来るため、対応でアタフタしなくていいのはもちろんのこと「ある日突然税務署から連絡が来るのではないか」という不安そのものから解放されます。

 

⑧税理士と対話するとビジネスを見つめ直す機会になる

 事業主は財布事情を打ち明けてぶっちゃけ話ができる相手はほとんどいないものです。その点税理士は懐事情を知っておりますので、世間話かその延長線上くらいの感じで色々と話をすると案外自分を見つめ直すいい機会になる場合があります。……というのは私が実際にお客様からそう言っていただけることがあるので書いており、税理士側から押しつけがましくアピールするものではないかなという気持ちもあります。なので今回はオマケ的な位置づけとします。ただ、一応税理士も色々な事業主さんの実情を見る立場にありますので、守秘義務に触れない範囲で「そういう局面ではこういった対応もあると思う」といった引き出しは多少なり持っていたりしますし、もっと積極的に「コンサルできます」とアピールする税理士もいます(「コンサル」の内容は率直に言ってピンキリだと思います)。

 

―結局、依頼すべきか

 うまく抽象度を揃えてMECEにまとめられたか自信がありませんがざっと思いついた範囲では以上となります。

 これらはメリットを上げればこうなるというものであって、「だからみんな税理士に頼むべきだ」と言いたいのではありません。実際お金も相応にかかりますし。

 では、これらを踏まえた上で「一応自分でできている」と思っていてる人がお金を払って税理士に依頼するべきなのでしょうか?

 結論としては微妙なところだと個人的には思います。そんなに複雑な取引がなく金額も大きくないのであれば、ご自身でやるのでも全然いいでしょう。それはそれで税金への関心も高まりますし勉強になるという利点もあります。

 変に税金を逃れる意識なく常識的にやっていれば、結果的に多少間違っていたとしても突然税務署が家に押し入ってきて財産を差し押さえたりするわけではありませんし、税務調査があって少し修正の税額が出てもそれはそれと思っておけばそんなに怖い話ではないです。トータルで見て、税理士費用より安く済む可能性も十分あるでしょう。

 ただ取引内容が複雑で帳簿の付け方自体に自信がないとか、売上高が億を超えてくるとか、人を雇うとか、そういう場合には、何か問題が起きたときの影響も大きくなりますし、税理士に依頼するのが無難だと思います。様々なメリットを勘案すると、「頼んですごく損」になる可能性は低いと思います。

 

*1:ただ、少なくともそれを聞かれた税理士さんは喧嘩腰というか小難しく面倒な相手と捉えて、正直依頼されたくないなという思いからあえて冴えない返答を返した可能性は十分あると思います。

*2:税理士へ「クラウド会計で記帳は自分でできているので、チェックのみ安くお願いします」というご依頼が来て税理士が痛い目を見るパターンは業界の「あるある」とされています。

*3:税理士との契約やコミュニケーション次第なところもありますが、少なくとも適用漏れの可能性はぐっと下がります。

*4:例えば、そんなに優先度が高くないプロジェクトAに軽い気持ちで投資し、その後税金の支払いが予想外に生じたため本来重要度が高いプロジェクトBに使うお金がなくなってしまった、最初からわかっていればプロジェクトAは見送って資金をセーブできた、みたいな事態はけっこうあり得ます。

*5:厳密に言いだせば適用可能性がある補助金助成金は極めて多岐にわたり、その全てを把握し全顧問先への適用可能性を検討した上で漏れなくアナウンスすることは事実上不可能です。