租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

古い税率で請求書を出された場合の消費税の仕入税額控除

1.誤った計算の請求書と仕入税額控除

 先日、事務員さんが打ち込んだ仕訳をチェックしていると、消費税の課税仕入れが5%で処理されているものに出くわしました。確認してみると、請求元から上がってきている請求書が5%の計算で作られているからそれに準拠して5%で打ち込んだとのことでした。

 8%になって久しい今5%の計算で書類を作ってくるのはどうかと思いますが、人間ですからミスや思い違いというものはあります。これから10%への税率アップがあったとき、漫然と8%で請求が上がってくるケースもちらほらあるのではないかと思われます。

 このようなとき、支払った側の処理としては消費税率はその時点の新しい税率で仕入税額控除を計算するべきなのでしょうか? それとも相手方が古い税率に従った計算で請求をしている以上、それに従って古い税率を使うべきなのでしょうか*1

 例えば、2020年4月に印刷屋さんに名刺の作成を依頼して納品を受けたところ「本体価格10,000円+消費税8%分=10,800円」で請求が上がってきた場合を考えます。10%施行後の資産の譲渡ですからこの時点の法律上の税率自体は当然に10%ですが、この場合に当社が仕入れ税額控除をとるべき金額は8%分なのか10%分なのかという問題です。

 結論としては、相手がどんな請求書を作っていようが関係なく税込支払額を対価として考え、資産の譲渡等の時点の税率で仕入税額控除を計算すべき、となります。つまり上記の例で使う税率は10%で、10%の税率で計算した税込支払額が10,800円の取引と考えることになります。

 

 

2.法令の規定

 そもそも消費税は「預かった消費税-支払った消費税」という計算で納付額を導くのは周知の通りです。これは法令上、消費税法4条で資産の譲渡等について消費税が課される一方で30条により課税仕入れにかかる消費税額を控除することができるという形で表現されます。

 ここで30条に規定される「当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れに係る消費税額」とは何かが問題となりますが、これは直後のカッコ書きで「当該課税仕入れに係る支払対価の額に百八分の六・三を乗じて算出した金額をいう」と説明されています(本記事執筆時点は税率8%)。

 ではさらに「課税仕入れに係る支払対価の額」とは何か、というのが30条6項です。

第一項に規定する課税仕入れに係る支払対価の額とは、課税仕入れの対価の額(対価として支払い、又は支払うべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、当該課税仕入れに係る資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該課税仕入れに係る役務を提供する事業者に課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額(これらの税額に係る附帯税の額に相当する額を除く。第九項第一号において同じ。)に相当する額がある場合には、当該相当する額を含む。)をいい(…)

 重要なのは資産の譲渡側の事業者に課されるべき消費税等がある場合にはそれを含む金額であるということです。この規定から、どんな計算内容で請求書が作られていようが税込の支払総額を対価として捉え、そのうちのその時点の税率分を控除するのが仕入税額控除であると言えます。10%の時点で8%の計算の請求書を作っても、それはたまたまそういう過程で税込支払額が計算されたということに過ぎず、税金計算には関係のないことです*2

 あくまでも大切なのは資産の引き渡しや役務提供の完了時点が新税率の施行日以後なのかどうかという取引の実態であって、書類の作成形式に惑わされてはいけないというお話でした*3

 

 追記:申告にあたっては法令の根拠が重要ですからつらつらと述べましたが、物事の筋として考えても、国に納める税金の計算にあたって適用すべき税率が私人が作成した書面ではなく法律によって決まるのは当然のことです。例えばある企業グループが勝手に消費税率0%で請求書を作ってやりとりしていたらその売上について消費税を納める義務がないのかというと、そんなわけがないのは明らかでしょう。真面目な経理の方ほど交付された文書の記載に忠実に処理しなければいけないのではないかという意識をお持ちになるようですが、取引の実態さえきちんとわかっているのであれば、恐れる必要はないといえます。逆に書面に従っていればいいものでもないわけで、実態の確認こそ重視する必要があります。

*1:そもそも論として相手方の事業者に「請求間違ってませんか? 2%分払いましょうか?」と伝えたほうがいいかどうかという点はとりあえず置いておき、経理処理上のことだけを考えます。

*2:これはあくまでも本則の税率のことだけを問題にしています。軽減税率の適用にあたっては区分記載請求書等が必要となりますから請求書の記載内容も重要です。

*3:もちろん相手方の単純な事務ミスや認識不足でないとすれば、適用する税率に相違があるのは取引の内容に関する認識に当社と相手方で齟齬があるということになります。その点について確認を行うことはそれはそれで考えられます。