租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

『数理法務概論』を読む(2)ゲームと情報

『数理法務概論』、第二章はゲーム理論

 

 

第2章 ゲームと情報

1 ゲーム理論とは何か

2 ゲームの記述

3 ゲームの解法

4 モラル・ハザードインセンティブ

5 逆選択

6 交渉

7 読書案内

 

 序盤は極めてオーソドックスな、表を用いたゲームの記述方法やナッシュ均衡囚人のジレンマの話。当然ながら話の内容そのものに新鮮さはありませんが、本書は問題としている事柄の一般的な説明がすごくしっかりしています。ケースとしてこういうことがある、と取り上げられるだけでは応用が効きにくいので一般的な定義があると助かります。

 例えば囚人のジレンマは「人々が協力し合えばもっと良い結果を生み出し得るのに協力し合わないばかりに悪い結果を甘受してしまう」という普遍的な状況を提示していると整理されています。

 ここで例として「試験に備えて猛勉強する学生」というのが出て来ますが、これって何気に相対試験である税理士試験にも当てはまるかもね、などとたまたま試験日の今日思ったり*1

 面白いのはモラル・ハザードインセンティブの節。ここでもモラル・ハザードの一般的な性質がわかりやすく整理されており、情報を入手すればモラル・ハザードは解消できるがそれにはコストがかかること、成果型報酬(例えば経営者へのストック・オプション)でモラル・ハザードを軽減することはできるが同時に報酬のリスクが増大する問題があること、が示されています。このあたりはここまでわかりやすくビジネスへの示唆がある形で整理されているのを初めて見たので非常に勉強になりました。

 税理士としては経済取引(スキーム作り)に関して第三者的にアドバイスを求められることが多くあります。そのようなときにここで学ぶようなモラル・ハザードインセンティブの視点があれば、最適解がわかるとは言わないまでもどのようなことに留意すべきか、変数を整理することにはかなり役立ちそうです。

 私が過去に関与したお客様でも「一般論として非常に魅力的な人材だが弊社にどれだけ売り上げをもたらしてくれるかは未知数」という人材を固定報酬の業務委託で契約して結果的に失敗してしまった例があります。後から「インセンティブ報酬にすればよかったのでは?」と言うのは簡単ですが当時はビジネス的・人間関係的な様々な事情や時間の制約などがあったのです。ゲーム理論の枠組みを頭に置いておけばそういうぐちゃぐちゃとした意思決定の場面でも問題を整理する糸口にはなるのかなと。インセンティブといっても成果を適切に測るのは難しいしほっといても報酬が入る契約より受託者にとっては魅力が劣ることにもなり得るわけで、ではその辺をケアする具体的な方策はないか?とより詳しい中身の議論を導くことができそうです。

 交渉の節で出て来る留保価格の説明は「理論的にはたしかにそうですね」で終わってしまう印象というか、もう一歩進んで理論の展開なり説得力のある具体的な事例が見たかったところ。

 

 

第一章はこちら。

taxlawlabyrinth.hatenablog.com

 

 

*1:もっとも税理士試験に関しては無償独占の業務資格を付与するものですから、受験生の競争を促すことは国民全体にとっては利益となるのかもしれません。