租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

『数理法務概論』を読む(1)決定分析

数理法務概論

 以前からじっくり取り組みたいと思いつつ積読となっていた書籍に『数理法務概論』(有斐閣2014)があります。

 

 

 本書はハーバードの法科大学院で教えられている数理法務の講義用の教科書「Analytical Methods for Lawyers(法律家のための分析的手法)」の訳書であり、同書は「単に法解釈や法律文書の起案に勤しむだけの法教育では現代社会の需要にこたえる法律家を養成することはできない」という問題意識から執筆されたものです。

 具体的には意思決定の科学的技法や経済学・会計学統計学ファイナンス等の知識を法律家としての仕事に関わる場面に即して解き明かす内容となっています。

 今のところ気まぐれにところどころ読んだというだけの状態であり通読はできておりませんが、本書は数理統計的な思考を現実的な法的意思決定に適用する指針を示しているという意味で大変な名著であると感じております。

 というのも、巷にある法と経済学系の書籍は、なんだかんだ言いつつも無味乾燥とした統計学・経済学の説明に終始するものが多く、そのような数理的な理論と法的な問題との関りが十分に示されているとは感じにくいからです。

 その点本書は現実的な問題への接合が多々示されており、目から鱗と感じる部分が多くあります。基礎的な経済学や統計学は授業で習ったという人も多いかとは思いますが、それを現実的な問題に応用することはなかなかできないことであり、そこが本書の要諦となっているように思われます。

 放っておくとついついつまみ食い的に読んでなぁなぁで終わってしまうので、このブログを使って自分の勉強ログを書いていこうというただそれだけの記事です。6,000円したのでその元を取りたいという気持ちもあります(笑)*1

 

第一章 決定分析

 第一章は「決定分析」です。

 

1 概説

2 決定の木

 A 簡単な例

 B 不確実性

 C リスク回避

 D 応用例その1:示談交渉

 E 応用例その2:不動産の購入

 F 一般ルール

 G 実力診断

3 必要情報の入手

 A 決定の木の構成

 B 確率の割当て

 C 利得

4 感応度分析

5 読書案内

 

 決定分析は「決定の木」を軸として展開されます。ロジカルシンキングの教科書などでもよく出て来るディシジョン・ツリーというやつで、これ自体にはさほどの新鮮さはません。採り得る選択肢と選択肢ごとの帰結(確率的な分布も含め)を枝分かれに書いていくやつです。

 ここでは例として法律的な意思決定が取り上げられている点や、「手法はわかるけど確率や利得の割り当てなんて現実的にはできないじゃないか」という読者が抱きがちな不満についてきちんとケアされている点が秀逸です。

 

 読んでいると、これは税理士として日々税務判断として行っている思考に実は近いというか、自分が意識していないだけで結局はこのような原理に回収される思考をその場その場で行っているのだなと感じさせられました。

 例えば事実の法律へのあてはめが微妙な取引について、損金に落とせるかどうかを悩む場面はよくあります(実際本書にもその事案が登場します)。このとき税理士の頭の中では「損金に落としたとして否認されるリスクはまぁまぁあるか…そのわりに得する税額は〇〇円くらいだな。しかしそもそもこの会社に税務調査が来る確率は低いから危険は少ないか…」といったことがぐるぐると展開されます。

 これを決定の木に整理していけば

  • 損金に落とさない場合の税額
  • 損金に落として税務調査も来ない場合の税額
  • 損金に落として税務調査が来て否認される確率とその場合の税額
  • 損金に落として税務調査が来るものの否認されない場合の確率と税額

 というようにどのような選択と帰結があり得るか、選択ごとの利得の見込みはどうかということが整然と整理されます。

 もちろん前述のように、税務調査が来る確率や来た場合に否認される確率は必ずしも合理的に見積もることができるものではありません。しかしこのように整理していくことで何の情報を集めれば意思決定が行えるかがまず明らかとなりますし、確率がわからないならわからないで、「この意思決定はこの部分の確率がどうかにかかっている」というようにリスク要因を特定することができます。

 そうすると「こっちを選ぶと結果はこなり、他方を選ぶとこうなる可能性はありますがあとはここの確率次第です」と顧問先に意思決定の材料を提供して明確に説明することができるようになります。決定分析だけで合理的な決定ができないならそれはそれで「あとは社長の決断の問題だ」ということが言えるわけです。

 これは税務判断に限らず経営の相談に乗ったりビジネスシミュレーションを行う際にも極めて有用な思考法であるように思われます。また、決定分析が第一章に置かれていることにより、本書で学ぶ分析手法は最終的には法律家として有効な意思決定を行い行動に移すためにある、というメッセージが示唆されているようにも思います。

 

*1:ただし分量の多さと内容の濃さを考えればむしろコスパは良いとも言えそうです。