租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

繰戻還付請求と「調査」

繰戻還付請求の規定

 所得税法法人税法には損失(欠損)が発生したときの繰戻還付請求の規定があります。業界内でこの規定について「使うと税務調査が来る」「税務調査が来る前提」という声を聞いたことがあります。

 たしかにそれぞれの条文には「調査」をすると書かれています。

所得税法142条2項〕

税務署長は、前項の還付請求書の提出があつた場合には、その請求の基礎となつた純損失の金額その他必要な事項について調査し、その調査したところにより、その請求をした者に対し、その請求に係る金額を限度として所得税を還付し、又は請求の理由がない旨を書面により通知する。

 

法人税法80条10項〕

税務署長は、前項の還付請求書の提出があつた場合には、その請求の基礎となつた欠損金額その他必要な事項について調査し、その調査したところにより、その請求をした内国法人に対し、その請求に係る金額を限度として法人税を還付し、又は請求の理由がない旨を書面により通知する。

 しかしこれは一般に実務界で「税務調査」と呼んでいる、税務署の職員が会社に数日間来て帳簿や証憑書類を調べていく調査とは異なる(あるいはそれを内包しているとしてもそれに限らない)ものであると考えるので、それについて少し書いてみます。

 

国税通則法における「調査」

 まず、租税の手続周りについて基本法といわれる国税通則法を考えます。国税通則法にはしばしば*1「調査」という文言が登場します。

 租税行政法について調べるときに自分がいつも参照する酒井克彦先生の『クローズアップ租税行政法』を開くと、国税通則法24条にいう「調査」の意義に触れた裁判例として大阪地裁昭和45年9月22日判決を引用し文言解釈が展開されています。

 

「通則法24条にいう調査とは、…課税標準等または税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味すると解せられる。すなわち課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含むきわめて包括的な概念である。」と説示しており、この判決を基礎に考えると、机上調査や準備調査のような外部からは認識し得ない内部調査もそこに含まれると解されよう。

酒井克彦『クローズアップ租税行政法〔第2版〕』137頁(財形詳報社2016)

 

 すなわち「調査」といってもいわゆる「税務調査」(ここでは税務署の人が会社に数日間来るやつを指してカギカッコつきで用います)に限るものではなく「机上調査や準備調査のような外部からは認識し得ない内部調査」もあるということになります。これは繰戻還付の規定における「調査」の意義を直接に解釈したものではありませんが、租税法令における「調査」の意義はこれを基本に解することとなるのでしょう。

 本書では前段として、調査の様々な種類(分類)も挙げられています(120頁)。

 

・強制力に基づく分類:任意調査/強制調査

・調査の期間や程度に応じた分類:一般調査/簡易調査/特別調査

・調査場所等による分類:内部調査/臨場調査/反面調査/金融機関調査

・調査担当による分類:税務署調査/国税局調査

 

 それぞれの具体的な意義は本書で確認していただくとして、言葉を見るだけでも一応の意味はわかるのではないでしょうか。通常の「税務調査」は一般調査で臨場調査、繰戻還付請求における調査は内部調査の場合がほとんどなのではないかと思われます。

 なお私が思うに税理士は(試験でやらないので)案外租税手続法の法的な建付けを学ばないまま実務をこなしてしまう傾向がある気がします。酒井先生の本書は話を複雑にせず要所を抑えて法的な理解を確認できるのでめちゃくちゃいい本だと思います。

 

 

一般的な「税務調査」の法的根拠

 じゃあいつもやってる「税務調査」はなんなのよ?というと、その法的根拠は周知のとおり国税通則法74条の2〔当該職員の所得税等に関する調査に係る質問検査権〕です。

国税通則法74条の2〕

国税庁国税局若しくは税務署(以下「国税庁等」という。)又は税関の当該職員(税関の当該職員にあつては、消費税に関する調査(第百三十一条第一項(質問、検査又は領置等)に規定する犯則事件の調査を除く。以下この章において同じ。)を行う場合に限る。)は、所得税法人税、地方法人税又は消費税に関する調査について必要があるときは、次の各号に掲げる調査の区分に応じ、当該各号に定める者に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件(税関の当該職員が行う調査にあつては、課税貨物(消費税法第二条第一項第十一号(定義)に規定する課税貨物をいう。第四号イにおいて同じ。)若しくは輸出物品(同法第八条第一項(輸出物品販売場における輸出物品の譲渡に係る免税)に規定する物品をいう。第四号イにおいて同じ。)又はこれらの帳簿書類その他の物件とする。)を検査し、又は当該物件(その写しを含む。次条から第七十四条の六まで(当該職員の質問検査権)において同じ。)の提示若しくは提出を求めることができる。

 以前には個別の税法に規定されていた税務調査の権限が平成23年の改正で整理されて国税通則法に集約されたものですね。いつもやっている「税務調査」はそもそも繰戻還付請求の話とは法律と条文が違う、ということになります。

 

実務の経験則

 また経験則的な根拠として、私も実際に法人の繰戻還付請求を行ったことはありますが、「税務調査」はおろか電話での問い合わせも来たことがありません。これについてTwitterでつぶやいたところ、やはり問い合わせもなくすんなり還付されるという声が複数聞かれました。

 この事実を前提として仮に法人税法80条における「調査」が「税務調査」のことを指していると解するならば、実際の税務行政の運用は”法律による行政”に反していることになってしまいます。もちろんそんなはずはないですから、当然実際に「調査」は行っているもののその「調査」とは基本的に「税務調査」ではなく内部での机上調査であると解するのが妥当でしょう。

 最後に蛇足かもしれませんが、物事の筋から考えても、還付を請求する税額は消費税における仕入税額の還付請求のように市場で支払ったものではなく過去に税務署に実際に納付したものです。また欠損の真正性が疑わしいということであれば、それは欠損金の繰越控除をする場合でも疑わしさは同じはずです。繰戻還付請求のときにだけ特段に厳しい「調査」が行われるべきとする合理性も実は乏しいように思われます。

 

 

*1:目次・見出し・附則も含めると342箇所