租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

相続税申告が不慣れな税理士のための超実務本

1.相続税申告業務の特殊性

 確定申告時期に久しぶりの相続税申告を行ったので情報の整理として。

 相続税の申告というのは、特化型としてやる税理士事務所はたくさんやる一方で、オーソドックスな法人顧問を中心とする税理士は稀にしかやらない傾向があるやや特殊な業務です。

  正直なところ私も相続税の申告業務を頻繁に行うわけではないため、相続税法に関する知識はあるものの、具体的な業務の進め方に関しては完全な自信が持てないところがあります。一般納税者(お客様)の前で大声で言えることではありませんがそうした税理士は実際のところ少なくないでしょう。

2.実際の税理士業務のための指南本

 そうした中で実践的な業務の参考になる本がないかと探していて大ヒットだったのがこちら。

 

森富幸『相続税申告業務の基礎と実務』(日本評論社2016年)

 

 本書は相続税実務に不慣れな税理士が業務を容易に取り組めるように執筆されたものであると正面から書かれています。

 そして実際に読むと、超がつくほど税理士業務の具体的なことが文字通り実務的に書かれています。

 本書の趣旨は相続税法の解説ではありません。そうではなく、どのようなタイムスケジュールで業務を進めるべきか、どの段階の打ち合わせでどんなことを話すべきか、どうやって資料の収集を案内すべきか……という「税理士の業務」という観点からの非常に具体的な指南です。

 まさに相続税申告業務に不慣れな税理士としてそこが知りたいという部分が、見落としがちな注意点とともに書かれており、大変参考になりました。例えば税金以外の手続きについても案内してあげるとお客様に喜ばれる、といった部分は不慣れな税理士ではなかなか気が回らない部分ですが、本書では手続きの一覧といった様式が用意されていて至れり尽くせりです。

 相続財産を全部足して債務控除して基礎控除を引いて……なんていう相続税の計算の説明をしている本はたくさんありますがこうした税理士業務という観点からの解説をしている本は希少です。4年前と若干古いですが、細かい計算規定の確認に使うわけではないのでいまのところ特に気になりません。

3.「預金移動表」の重要性

 もちろん具体的な申告内容の作成についても参考になる部分は多々あります。個人的に特に感銘を受けたのが「預金移動表の作成」です(52頁)。

 相続税申告業務においては名義預金の確認や相続発生前の預金の動きを確認することが重要だとよく言われます。しかしそう言われるだけでは無味乾燥とした預金取引明細をどのように精査すればいいのかいまひとつわからず、個人的にはやや漫然と見てしまっていたきらいがあります。

 これに対して本書で示されているのが、預金の動きを複式簿記のように捉えて増減の「相手勘定」を整理していく預金移動表という考え方です。例えば、出金を調べるとき、それがPL項目なら生活費や遊行費が考えられるし、BS項目なら他の財産の購入や借り入れの返済があり得る、と整理していけます。

 この考え方を使うと被相続人及び親族の生活ぶりや他の財産との関連性が非常にイメージしやすく、不可解な点の洗い出しが論理的に行えるようになります。預金の内容だけでなく相続税申告全体に関わる財産の動きがぐっと精緻に把握できるようになると言っても言い過ぎではないでしょう。

 追い打ちをかけるようにハっとさせられたのが次の一文です。

預貯金評価に慣れていない税理士は、残高証明書に基づき申告しているケースもあるそうですが、預貯金については、時間はかかりますが必ず預金移動表を作成し、疑問点を事前に解明するのが必要です。そして、これは省略できないことを肝に銘じておくべきです(なぜなら、税務調査で同じことをするからです)。(63頁、太字引用者)

 ついつい日々の忙しい仕事の傍ら相続税申告を依頼され、特に怪しげな動きがない預金明細を見ているとまぁ残高証明の金額でいいか……という気持ちにもなりそうになります。しかし、どうせ税務調査で見られるのであれば先にリスクは潰しておくべきで、名義預金など問題となる事柄がなければないで安心できます。

 こうした税務調査まで踏まえた注意事項について重要性で温度感を分けながら具体的に書いてくれており、熟練の先輩が先回りして熱心に指導をしてくれるような親切さが本書にはあります。

 

4.関連書籍

 森富幸さんといえば株価評価本です。

 

 

  こちらも実務の血が通った大変に素晴らしい本で、実務を始めた頃からバイブルとしてヘビーユーズさせていただいています。税理士会の書店などで平積みにされていることも多いのでご存じの方も多いでしょう。上記の相続税の本は、これのバリエーションのひとつと捉えられます。こちらの本の「実務的」さが好きな方であれば上記の本も魅力に感じると思われます。

 

 また上記の相続本とやや近い性質で有名なものに『相続に強い税理士になるための教科書』があります。

 

 

 もちろんこちらも良著であり今回も目を通しましたが、イチから順番に指南する教科書というよりはポイントを絞った応用的な性格ですので、『相続税申告業務の基礎と実務』を教科書とするとこちらが副読本になる気がします。

 

 最後に、所得税の確定申告で大変お世話になっている天池&パートナーズ税理士事務所さんが相続税申告についても記載チェックポイントを出されているのを知ったので最終確認に利用させていただきました。

 

 

 ただしこちらに関しては、所得税の方が素晴らしすぎるイメージが強いためか、比較的通り一遍で形式的な内容にも感じてしまいました。整然としていて読みやすい良書なのですが、類書と比較してそれほど目立った特色はなく、国税のパンフレットやチェックリストもインターネットで検索すれば出て来ますので。ただし、相続発生に伴って必要な所得税・消費税の手続きまでフォローしているなど素晴らしい点ももちろんあります。個人的には、新版が出る度に買うレベルではないかな、という印象です。