租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

〔書籍〕『租税史回廊』

中里先生のエッセンス詰め合わせ

中里実『租税史回廊』(税務経理協会2019)

 

 税経通信の同名連載を書籍化したもの。書名から重厚・無機質な歴史の記述が続くのかと思っていましたがそうではなく、むしろ歴史に関する記述は4分の1程度で終わります。残りのほとんどは現代的な事柄に関する記述や中里先生の関連論文・講演録などからなります。

 連載が元になっている関係で3ページ程度でひとつのテーマが区切れる形になっており、そういった意味では専門書ですがとっつきやすいです。まとまった時間がとれなくても少しずつ読み進めることができます。

 私は中里先生のファンですが本書はいつになく中里先生の「ものの見方」が表れているような気がして、そうした意味でも面白く読めました。

 関連論文や講演録が収録されている点も非常にお得感があります(こうした文献をひとつひとつ集めるのは結構面倒なので)。「借用概念と事実認定」「興銀事件に見る租税法と社会通念」などは租税法学・租税判例の文脈を理解する上でも必須の文献と言えるのではないでしょうか。

 

政治と執行の重要性

 内容的に印象に残った事柄は色々ありますが、下記の2点が歴史を踏まえた様々な形で指摘されていることが特に印象的でした。

(1)税制は政治的な利害調整の産物であること

(2)執行のできない制度は机上の空論であること

  第一の点ですが、租税法の解釈や税の実務という点では租税法律主義(憲法第84条)の意味は「予測可能性の確保」という機能や文理解釈の重要性といった形で習います。一方で、考えてみると、租税法律が国会(議会)で決まるということは、租税法律主義は「税制は政治的な利害調整によって決まる」ことの宣言でもあります。租税法律主義についてこのような捉え方をしたことがなかったため、新鮮に思いました。

 公共経済学的な分析を念頭に置いているとどうしても政治的な調整で制度が決まるという発想にはなりにくいですが、本書で述べられている通り市民の納得を得られない制度は成り立たずそれは国家の転覆にすら結びつきかねない問題なのですから、「利害調整」というのは単なるなぁなぁの妥協的な意味合いだけではなく極めて本質的な問題となります。

 また第二の点、中里先生は非常に経済学を重視しておられる理論家である印象ですが、執行面を重視した記述が多いことも印象的でした。これは課税逃れの研究をしてこられた結果として、適切に執行と納税がされる税制でなければ意味がないという点を意識されているのかもしれません。

 年末調整の効率化やスマホによる確定申告といった具体的な事柄にまで言及しておられ、近年の実際の改革がこうした政府税調の取り組みを受けたものなのかどうかはわかりませんが、権威のある研究者の方がこうした点を積極的に取り組んでくださっていることは一人の実務家として大変に有り難く、心強く感じました。

 

税理士への刺激

 なお、本書は各国の税理士制度に関する記述やコンプライアンスにおける税務専門家の重要性、日税連との調査の話など、税理士に関連する記述も多いという意味で税理士が読むと刺激を受け面白い一冊でもあります。

 308頁に「日本の税理士の先生方の知的水準の高さに大きな感銘を受けた」と書いてあるところなどは、自分のことではないと重々承知しつつもつい嬉しくなってしまいました(笑)*1

 他方でICT化の進展やコンプライアンスをめぐる状況の変化という文脈においては税務や会計の専門家に関する率直な危機意識をも指摘されています。

 

 私は税理士の先生や会計士の先生の友人が多いものですから、ある種の危機感を持っており、それを今申し上げた次第です。

 要するに、税金のことを税務の技術としてのみとらえ、「自分は税務の技術には詳しいんだ」という自己認識、自己規定には限界があるということなのでしょう。(401頁)

 

 このあたりはいわゆる従来の税理士像に捉われず活躍をしていくためにむしろ勇気をもらえる記述だと思いました。

 

*1:もちろんこれは日税連の研究会として参加された調査旅行に関して『税理士界』に寄せられた報告の中の記述ですから、ある種のリップサービス、税理士へのエンカレッジとしてお書きになっているものと思います。