租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

月次決算を極めれば経営が良くなるか

本日のお題はAmazonでたまたま見つけたこちらの書籍。

 

田村和己『税理士・会計事務所職員のための業績改善の基礎知識』(中央経済社2022)

 

ひと目、会計事務所の業績を改善するための本なのかと思って手に取ったのですがそうではありませんでした。「業績改善」について、会計事務所の人々が理解できるように説明してくれている本という趣旨のようです。

端的に言ってしまうと、きちんとした月次決算を起点とした業績の管理・分析をしていくことで会社の業績改善ができる、という枠組みや手順を整理した本です。

 

会計事務所のよくある葛藤としては次のようなことがあるかと思います。

 

①ただの「記帳屋」「経理屋」とならないよう毎月試算表を見ながら社長と打ち合わせするものの、ただ数字を説明しても社長に響いてる感じがしない。色々な財務指標を出しても「なんかややこしいし、ピンとこないな」という顔をされて終わる。

②だからといって「数字の説明」ではなく「経営コンサルティング」をやろうと思ってもお題目が大上段すぎてどうしたらいいのかわからない(こちらはたかが税理士であり下手に偉そうなことも言えないし、経営学の本を読んでも抽象的すぎる)。

 

本書では月次決算の管理を基礎として予算策定や経営計画の策定を行なっていくことで最終的に経営力が高まる道筋と、具体的なやり方が説明されています。読んでいると、これは上記①と②の合間をうまいこと埋めてくれるメソッドになってくれて有用なのではないか、と思いました*1

会計事務所としては、あくまでも月次の試算表が起点にある点が入口としての入りやすさの点で大きいです。どんなに有用な経営論でも経理実務から遊離したことを突然言い出すのはどうしても抵抗があるものですので。その上で「最後にはきちんと経営がよくなる」ことが地に足の着いた筋道として示されている点が本書の(提示するMaPS理論の)すごいところです。

 

【著者の提唱するMaPS理論】
Ma:Monthry actual= 月次実績管理の整備
P:Planning=予算管理制度の整備
S:Strategic=戦略的経営計画の整備

 

著者はかなり体系的な思考を重視しているようで、本の構成はとても理論として整理されていますし、また実際の経験にも裏打ちされてフレームワークとして確立されている印象です。説得力も強いです。

ルール化・マニュアル化を徹底する意識もつらぬかれており、それだけ見ると形式主義のようにも見えかねませんが、よく読むとむしろ利害関係者の合意と納得をとりつけて業績改善をやり抜くためにはそれだけ明文化したルールの策定が重要であるという経験則の表れであり、実質を追い求めたものであるのだろうなということが見てとれます。

またその過程の要点として、きちんと業績管理をし予算・計画を作成することが管理職や営業職の育成に繋がることが示されている点が興味深いです。やっぱり企業経営は人の育成が肝要ですからね。

本書を読んでいると、タイトルに書いた「月次決算を極めれば経営が良くなるか」という問いについては「きちんとやり抜けば十分あり得る」と思えてくるところです。

そんなわけで本書はなかなかユニークで興味深い一冊だと思いました。

下手に「コンサル」をぶち上げるより、心ある中堅企業に向けてこうしたメソッドの浸透を丁寧にサポートする方が、税理士の社会的意義としても重要なのではないかと感じるところです。

 

ただ出版物として気になった点を言わせていただくと、おそらく著者は自身のメソッドについて過去に何度も整理をしてきていて、そのために記述としてはスッキリ整理されすぎている感があるといいますか、それこそマニュアルか規程をずっと読んでいるような感覚で、通読するのにちょっと苦労を覚えます。どうせ理解したらマニュアル的に使うことになるからいいという想定でしょうか。

また 「税理士・会計事務所職員のための」と銘打ってはいますが特段それを意識して書かれたとは思えませんでした。同じ出版社から「税理士・会計事務所職員のための」という本が他にも出ているのでシリーズとしての位置付けで、出版社が著者に「普通に書いてもらえればいいですから」と依頼したような印象です。経理実務に関わる内容も多いので「税理士がこの場面でこういう役割を果たせれば有効だろう」みたいなコメントなりアイデアなりがあってもよかったと思うのですが*2。もっとも、結果的にというか内容的に、月次決算の重要性を指摘するのは会計事務所が担える役割なのでこうした本が会計事務所向けと題して出ていることには意味があると思います。

 

*1:念の為……著者がそのような問題意識を持ってそこを狙っていると書いてあるわけではなく、私が会計事務所視点でそのような位置づけというか意義を勝手に見出したということです。

*2:経理・財務部門の能力アップについて「税理士、会計士などのコンサルタントが対処することも多いが、その機能を果たせる人材は少ないのが実情である。今後期待にかなう人材が増加することを期待したい(48頁)」とあり、そのために著者は本書を書いており我々もそうなりたくて読んでいるはずなのに、なんか書き方が他人事…?と、どことなく違和感がありました。