租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

税理士変更時の会計ソフトデータ引き渡し

会計データ引き渡しのニーズ

 会社が会計事務所に記帳代行を依頼しているケースで、会計事務所を変更する際に会計データを請求できるのかが問題となることがあります。

 決算書や総勘定元帳を(紙やPDFで)もらえるのは当然として、微妙なのは例えば弥生会計のバックアップデータのように、会計ソフトで開くことができるデータです。

 会社としては、自社の依頼にもとづいてどうせ作成してあるのであればそれを送ってもらい、次の会計事務所に引き渡せば次の会計事務所ではデータを新規に作成する手間が省けて効率的です。もしかするとそれが報酬額に影響する場合もあるかもしれません。

 

Twitterで聞いた意見

 これについて実際税理士側は渡す義務があるのだろうか?とTwitterでつぶやいたところ多くのコメントをいただきまして、ご意見としてはほぼ「会計事務所側には会計データを明け渡す法的な義務はない」というものでした。

 私もそう考えますし、検索してみるとこの点を争った裁判例東京地裁平成25年9月6日)もあるようで、細かい理由付けはともかくやはり明け渡し義務はないという判決になったようです。

 ただしコメントをくださったみなさん自身が「提供しない派」ということではなく、法的に義務はなくとも現実には提供するという方も多かったですし、提供しない行動に疑問を呈される方も多かったです。

 

私個人のスタンス

 私も自分のスタンスを明らかにしておくと、関与先が他の会計事務所に移る際には求めがあれば提供します。また、直近3期分の申告書・総勘定元帳・科目別消費税区分表・e-Tax/eLTaxのログイン情報データあたりは「次の税理士にお渡しください」と率先して渡しています(過去に渡しているものと重複するとしても)。

 これは法的な義務があると思っているからではなく、

  1. 追加的に手間がかかるわけではなく既にあるものを提供するだけで明らかにその後の実務が円滑に回るわけなので社会人の良識として提供した方がそりゃいいよねという意識。
  2. これまでお世話になった関与先への恩義・感謝から当然最後まで役に立てるように行動すべきだという意識。
  3. 申告納税制度に貢献することを前提に独占業務の保護が与えられている税理士としての職業倫理。
  4. いつ第三者に開示しても恥ずかしくないデータを作ろうという意識をもって業務にあたることが自己研鑽にも繋がるという意識。

 あたりが理由となります。

 もう少し率直に感情的な面から言うと、これに類する税理士変更時の「データ提供渋り問題」は税理士業界の最もしょうもなくてみっともない部分だと思っているので、そういうしょうもないことをしたくないという思いが強いです。

 しかし以上はあくまでも私個人の考え方や行動指針であって他人に押し付ける気はありませんしデータを提供しない会計事務所を批判する気もありません。法的な義務がない以上自社のノウハウなどを守る意味で必要のないデータは提供しないという姿勢もひとつの考え方だとは思います。他の事務所から自分の事務所へ移ってくるときに関しては、私は前の事務所に直接請求することはなく、関与先経由で一度お願いしてもらうことはありますが断られたらそれ以上は追及していません。

 

理解と私見のまとめ

 Twitterに載せた自分のまとめ(加筆訂正版)。

(1)通常は税務の委任契約で提供する仕事は総勘定元帳や決算書の作成であって、会計ソフトはそれら成果物の作成過程で勝手に使用しているシステムであるに過ぎないためそのデータの提供義務は法的にはない。

(2)会計ソフトのデータには補助科目の使い分けや伝票辞書の使い方など、他の会計事務所と差別化するための情報が含まれている場合があるため、営業秘密の保護の観点から提供を拒む理屈上の正当性もある。

(3)ただし現実的には会計ソフトのデータを提供するだけで会計事務所が損害を被る蓋然性は低いと考える。実際のところ提供を渋る理由はなんとなく腹の中を探られるのが嫌だという抵抗感が大半ではないかと思われるが、処理ミスなどの問題は元帳からもわかるし、元帳や決算書などに影響しない事柄であれば逆に(仮に誤りや不手際があったとしても)隠す必要もない。

(4)だとすると、現存するデータを提供しないことによる世の中への影響は基本的にデータの作り直しによって「手間が増える」ことのみ。適正な申告納税への貢献を果たすことを前提に国家資格による独占業務の保護が与えられている税理士の振る舞いとして、データの提供を拒むのは法的に問題はなくとも職業倫理的に好ましくないと個人的には考える。いつでもデータを開示できるようにキレイな仕事を心がけ、納税者の利便に資するように行動する方が業界として生産的。もちろん、追加的に時間がかかる事柄への協力は別の話。