租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

「不相当に高額」は私的自治への不当な介入か

松井さんはベトナム事業の成功を確信し、弟を専念させるため月2億5000万円の役員報酬を提示した。実際、2015年12月から4カ月で10億円を払った。松井さん自身も2015年10月からの1年間、月5000万円、年間6億円の役員報酬を得た。

国税当局は2018年、京醍醐味噌の税務調査を実施した。その結果、2013年〜2016年の4年間、松井さんと弟に支払われた役員報酬21億5100万円のうち、約18億3956万円分を「不相当に高額」と指摘した。

 

役員報酬月2億5千万円は「合理的ではない」 関西の味噌会社が国に敗訴…東京地裁(弁護士ドットコムニュース)

 昨日見かけたニュースで、印象に残ったのは最後のコメント部分。

原告代理人山下清兵衛弁護士は「原告の会社は、利益率が極端に高いファブレスメーカーモデルであり、類似企業を探すのは困難」としたうえで「判決は、原告会社の大きな付加価値を生み出すビジネスモデルをまったく理解しないもので、役員の勤労意欲を阻害し、日本企業の発展を阻止する内容だ」と疑問を呈した。

また、法人税法34条2項についても、「費用性のない役員給与を否認できるだけで、実働している役員の役員給与は否認できない。さらに役員給与の費用は、支払い必要性から合理性が根拠付けられるもの。その必要性は株主が決定するもので、税務署は判定する権限も能力もない」と改めて主張した。

原告の松井さんは、滞在先の中国から以下のコメントを寄せた。

「まったく無関係の他業種の報酬と比較され、驚くしかない。国が職種を決め、報酬の上限を定めることを認めた内容で、日本の経営者にとって悲しい判決だ」

 

 以下では上記の判決について議論するわけではないのですが、判決の話題を見て大学時代に租税法の教授が役員退職金に関する判例について「不相当に高額」の規定の適用を「私的自治への不当な介入だ」と批判していたことを思い出しまして、それについて。

 私は教授の議論を聞いてごく素朴に「株主総会の決議を否定しているとか上限を決めているわけではないから、それはちょっと違くない?」という疑問を持ちました。

 というのも、法人税法34条はそれが法人の所得計算上損金になるか否かを定めているだけであって、私法上役員報酬決議の効力を否定したり報酬請求権を認めないとか言ったりするものではないからです。

 ただ単に、法人税法の規定に従って不相当に高額な部分は税金計算において損金にならないだけです。そしてそもそも損金になるのが原則だとか正当だとかいうことすら法人税法自体は何も言っていません*1

 もちろん所得税が課される上に法人税で損金にならないことになれば課税がない場合に比べて支給を阻害する要因になるでしょうからそういった意味では私的経済取引は影響を受けます。が、私的経済取引に影響を与えるのは租税の一般的な性質であり、この規定だけの問題ではありません*2

 仮に「不相当に高額」の規定が租税の中でもとりわけ中立性に対して悪い影響があると考えるとしても、それは原則的に立法政策の問題であって、中立性を阻害する規定であることを理由に解釈論上適用を否定するのは論拠として相当でないものと考えています。

 むしろ、実際に議会を経て現行の法人税法が成立しており、租税法の執行に関して行政には原則として裁量がないわけですから、内容的な価値判断に基づいて法令の適用を行わないことの方が租税法律主義の観点から問題があるようにすら思われます*3

 立法論としてこの規定がダメだという議論であればわかります。個人的には、所得税が課されるんだから法人税で損金になっても別にいいんじゃない? それがダメだというなら法人税所得税のインテグレーションに失敗しているのでは? という感覚です。

 

【スタンダード法人税法 第3版 単行本 – 2023/4/12渡辺 徹也 (著)】

*1:強いて規定ぶりを観察するならば損金不算入が原則で、定期同額・事前確定・業績連動の一定要件に該当すれば損金不算入の対象外となり、結果的に22条により損金になります。

*2:もっと言えば「定期同額じゃないと損金にならない」という規定についても私的自治への不当な介入だと考えるのでしょうか。

*3:株主総会が決議したならばその金額が相当であり否定されることはない、と考えるなら法人税法の当該規定は存在意味がないことになります。いわば、わざわざこの法律を立法した議会意思の無視・軽視になるのではないかと。

福利厚生費に対する給与課税

1.現物給与課税の根拠

 会社が支出している福利厚生費に関して、従業員に経済的利益があるものとして給与課税するか否かという論点についてなんだかなぁと思うことがあったので気持ちを落ち着けるために少し前提の整理を。

 前提中の前提として、お金をもらったわけでもない(例えば社員旅行の会社負担)のに何故従業員が課税されるのかというと、所得税法36条に経済的な利益も収入金額に入れますよと書いてあるからです。

(収入金額)第三十六条 その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。

 これは所得区分に関係なく適用される通則であり、経済的な利益が課税対象になるのはこの条文を根拠としています。

 

2.いわゆる緩和通達

 他方で「経済的な利益」というのは広い概念ですから、これを文字通りに受け取れば社員旅行はもちろんのこと、細かく言いだすと会社主催の飲み会や職場で提供されるコーヒーやお菓子を消費することによる利益なども給与収入として課税しないといけないのではという話になってきます。事務処理負担を考えると現実的には無理な要求です。

 そのような現実を反映してか、36条関係の解釈通達として「課税しない経済的利益」として種々の項目が列挙されています。この中に旅行についての記述もあります。

(課税しない経済的利益……使用者が負担するレクリエーションの費用)
36-30 使用者が役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、これらの行事に参加した役員又は使用人が受ける経済的利益については、使用者が、当該行事に参加しなかった役員又は使用人(使用者の業務の必要に基づき参加できなかった者を除く。)に対しその参加に代えて金銭を支給する場合又は役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き、課税しなくて差し支えない。

 「課税しなくて差し支えない」という言葉自体の意味がわからないといいますか、36条でいう経済的利益がないというわけではなく、あるのだろうけれどもそこまでは課税しなくていいよ、というニュアンスです*1。それは純粋に違法ではないでしょうかという素朴な疑問が湧きます。

 「役員だけを対象として当該行事の費用を負担する場合を除き」という点も課税要件に関係がなく、対象が限られていようがいまいが経済的利益があることには変わりはないはずです。

 このような通達は(あまりこの大上段の言い方は好きではないですが、それでもそう言いたくなるほど)租税法律主義違反、合法性の原則に反している可能性が高いと私は思っています。

 36条を文理通りに受け取った上で上記のような経済的利益を課税しないことを法的に正当化するなら、9条の非課税に該当するのでもなければ*2、事実認定のレベルにおいて「結局仕事の一環で参加しているだけで経済的利益など発生していない」というしかないように思われます。が、経済的利益があるかないかだけをいえば、ある場合が多いしょう。嫌々参加するにしろ飲み会に参加したらその日の夕食代は節約される人がほとんどのはずです*3

 裁判例から理解を試みると、佐藤英明先生は香港2泊3日社員旅行事件判決が経済的利益に課税しなくていいとした理由付けを次の5点にあると整理しています。

(ア)使用人らは旅行への参加などを強制されている

(イ)受ける経済的利益を自由に処分できるわけではない

(ウ)使用人らが受ける経済的利益の価額は少額であるのが通常である

(エ)評価が困難な場合も少なくない

(オ)社会一般に行われているようなものに課税するのは国民感情からして妥当ではない

佐藤英明『スタンダード所得税法〔第2版補正版〕』169頁(弘文堂2018)

 「国民感情」などを持ち出している点がむしろ苦しく感じます。ただ、結論として感情的にはそりゃそうですし、いわゆる緩和通達については、この規定にあてはまる納税者は課税を免れるという利益を得るため問題にならず生き残っているものなのでしょう。

 

3.社員旅行のタックスアンサー

 社員旅行についてはわざわざ専用のタックスアンサーも用意されています。

 

No.2603 従業員レクリエーション旅行や研修旅行

従業員レクリエーション旅行の場合は、その旅行の内容(旅行の企画立案、主催者、旅行の目的・規模・行程、従業員等の参加割合・使用者及び参加従業員等の負担額及び負担割合など)を総合的に勘案して、社会通念上一般に行われているレクリエーション旅行と認められるもので、その旅行によって従業員に供与する経済的利益の額が少額の現物給与は強いて課税しないという少額不追求の趣旨を逸脱しないものであると認められるものについては、その旅行の費用を旅行に参加した人の給与としなくてもよいことになっています。

 前述のような裁判例などを受けたものかはわかりませんが「課税しなくて差し支えない」の次は「給与としなくてもよいことになっています」という謎の文言です。自分で言っておいて他人事のように聞こえるのは私だけでしょうか。

 「少額不追求の趣旨」という記述も出てきますが、たしかに裁判では議論されているものの少額不追求の趣旨に合致する場合は非課税にするとか収入金額としないという規定が所得税法に存在するわけでもなく、タックスアンサーとして堂々と書くにはいまひとつ理解に苦しみます。

 なお上記タックスアンサーの後段では全体の人数の50%以上が参加することなどが条件として掲げられていて、それ自体も意味不明ですが、規程に基づいて全従業員を対象に参加者を募集して金額が少額なものなら50%以上でなくてもいいよというQ&Aも追加されています。

 

「従業員の参加割合が50%未満である従業員レクリエーション旅行」

 

4.全員対象や普遍性という議論

 このように福利厚生費の議論では「従業員全体が対象になっているか」「少なくとも半数が参加しているか」といった点が争点になりがちです。養老保険のいわゆる福利厚生プランなども「特定の使用人のみを被保険者として」いないことが給与課税しない条件となっています(所基通36-31)。

 しかし繰り返しますが経済的利益に対する課税の根拠となる所得税法36条には、全員が対象の場合には課税しないとかそんなことは書いてありません。むしろ、参加する人数が多ければそれだけ多くの経済的利益が生じているという意味で課税の必要性があるという見方すらできます。

 前掲の社員旅行Q&Aでは課税しなくて差し支えないことの理由付けに「会社の福利厚生規程に基づ」いてという点が触れられていますが、この点も結論とどのような関係を有するのか不明です。同じ社員旅行があったとして、社内規程の有無で経済的利益の有無が変わるのでしょうか?

 結局、なんでもかんでも課税するのは無理だけど一部の人が税金が課されずにおいしい思いをするのはちょっとねとか、作為的な租税回避であれば否認したいがそうでないならしてもしょうがないという現場的な感覚が反映されているだけのようにも感じてしまいます。

 これも一応法のメカニズムに沿って理解しようとするならば、全体が参加するようなものであればあくまでも会社の業務の一環である推認が働き経済的利益が観念しづらいという(事実)認定に傾くのに対して、役員など特定の人だけが対象となる場合は特定の人の好みで行っているものであり経済的利益がある場合が多い、という認定に傾きやすいのでしょう。しかしそれはあくまでも間接事実というか経済的利益があるかないかを推認する際の判断材料に過ぎないため、これが法律要件かのように一人歩きすることについては非常に強い違和感があります。

 『スタンダード所得税法』では雇い主側の便宜による経済的利益を課税除外する法理も紹介されていますが、解釈論として使えるものではなく「事業主都合給与ももともとはそれを受け取る人が経済的利益を得ており、所得としての性質を大なり小なり持つわけですから、租税法律主義の観点から、それを一般的に非課税にするためには、法律の規定が必要であると考えられます(172頁)」とされています。


5.通達との向き合い方

 なんだか通達にうざ絡みをするだけの記事になってしまいました。結局、全員対象とか普遍的とか法律にない条件を法律要件のように持ち出されることに違和感があるというお話です。

 行政機関が通達に当てはまる場合を「課税しなくて差し支えない」とするのは勝手ですが(そのものズバりのケースであれば税務職員は通達に羈束されるのである意味当然ですが)、通達に例示されていない福利厚生などについて「全員が対象になっているか」などと指摘されるのは複雑な気持ちです。むしろ法令解釈通達の解釈を参考として、経済的利益が観念できない色々な状況があり得るのだなと考えることも可能であるように思えてしまいます。

 本筋としては、経済的利益があれば法律要件を充足して課税、そうでなければ課税されない、という点をもっと正面から論じるべきなのではないかと思います。

 なお解釈論として通達批判のようなことを議論すると、実務の目線から「そうは言っても現実は通達ベースなので通達の是非を議論するのは税法マニアの自己満足、意味がない」と諫められることがあります。

 もちろんそれはある種の事実で、私も実務においてはここで述べているようなことをくどくど説明する機会はなく、顧客の利益(課税リスクの回避)のために通達を所与として課税されないよう取引を組むことをおすすめする対応をとっています。

 しかし実務の裏側の議論としてはあってもいいのではないかと思いますし、現実的にも、拙ブログの影響力などは皆無ですが、全ての税理士が雑誌記事やブログ等の発信で通達を無批判に受け入れているのとそうでないのとでは、税務行政の現場にも1ミリくらいの影響はあるのではないか?とも思うところです。

 

*1:そもそも通達の見出しが「課税しない経済的利益」となっているので経済的利益であることは認めているようです「食べられないカレー」でもカレーはカレーです。

*2:ちなみに9条6号は「給与所得を有する者がその使用者から受ける金銭以外の物(経済的な利益を含む。)でその職務の性質上欠くことのできないものとして政令で定めるもの」を非課税としていますが、これを受けた施行令21条は公務員宿舎など4つの限定列挙です。

*3:立法論的な賛否は別として一応"経済的"利益ですので。経済的利益を受ける一方で"精神的"苦痛を被っていたとしてもそれに対する手当は法定されていません。

贈与税の取得費・必要経費該当性

 「大阪勉強会からの税法実務情報」ブログを見て、贈与により土地を取得した際に支払った贈与税が取得費にあたるか争われている事案があると知りました。

 上記によると審判所の判断は「通常必要と認められる費用ということはできず…」というもののようですが、所得税法38条の取得費は「その資産の取得に要した金額」であって、通常性は要件とされていないはずなので書きぶりには少し違和感があるなと思いました。

 不動産所得の必要経費に関して似た事案がなかったかなと調べてみたところ『裁判例からみる所得税法〔二訂版〕』に大阪の事案の紹介がありました*1(大阪地裁平成29年3月15日判決・大阪高裁平成29年9月28日判決・最高裁平成30年4月17日決定)。


酒井克彦『裁判例からみる所得税法 二訂版』(大蔵財務協会2021)


 これは贈与によって土地建物を取得した納税者が、その贈与にあたり支払った贈与税の金額を必要経費に算入したいという旨の更正の請求をしたものの棄却されたという事案です。

 大阪地裁は費用収益対応の原則を前提とし、所得税法37条では不動産所得を生ずべき「業務について」生じた費用が必要経費とされるという文理から解釈して「少なくとも、当該費用が不動産の賃貸業務と関連することを要することを解される」とし、贈与税はその関連性を欠くとして必要経費該当性を否定しています。通常性は論じていないようです。

 大阪高裁は、贈与税は「贈与以外の手段で当該不動産を取得すれば支払う必要がない」と言ってみたり、相続税の補完税である贈与税所得税の必要経費として認めると所得税の減少という形で贈与税の負担を一部免れることを是認する結果となり「我が国の租税法体系に混乱をもたらす」と言ってみたりしていますが、これは議論自体が混乱している印象を受けます。

 酒井教授も租税特別措置法には譲渡所得における相続税の取得費加算があること、必要経費は絶対的なミニマムを追及するものではないこと*2に触れ「そう考えると、やはり本件大阪地裁判決が示すように、費用収益対応の原則を論拠とする方が分かりやすいように思われる」とコメントしておられます。

 いずれにせよ実務的な結論としては贈与による取得にかかる贈与税は取得費・必要経費にならないということなのでしょう。実定法上の論拠としては無理に色々な理屈を持ち出さなくても必要性・業務関連性で読み込めば足り、あえて付言すれば措置法における相続税取得費加算の広い意味での反対解釈として租税を必要経費に算入するには立法による対応を必要とすると考えるのが体系的にも妥当なように思われます。

 

 余談ながら、逆に贈与により取得したときの不動産取得税や登録免許税は必要経費にできることを気付かずに申告してしまっている実務も多そう。

 

*1:酒井克彦 『裁判例からみる所得税法〔二訂版〕』576頁  (大蔵財務協会2021)。

*2:「他にどんな手段を使っても絶対にかかってしまう支出だけが必要経費への算入が認められる」とはどう頑張っても所得税法の文理からは読み取れませんし、実務もそうなっていないのは当然です。

繰戻還付請求をすると税務調査が来るのか

繰戻還付請求の規定

 所得税法法人税法には損失(欠損)が発生したときの繰戻還付請求の規定があります。業界内でこの規定について「使うと税務調査が来る」「税務調査が来る前提」という声を聞いたことがあります。

 たしかにそれぞれの条文には「調査」をすると書かれています。

所得税法142条2項〕

税務署長は、前項の還付請求書の提出があつた場合には、その請求の基礎となつた純損失の金額その他必要な事項について調査し、その調査したところにより、その請求をした者に対し、その請求に係る金額を限度として所得税を還付し、又は請求の理由がない旨を書面により通知する。

 

法人税法80条10項〕

税務署長は、前項の還付請求書の提出があつた場合には、その請求の基礎となつた欠損金額その他必要な事項について調査し、その調査したところにより、その請求をした内国法人に対し、その請求に係る金額を限度として法人税を還付し、又は請求の理由がない旨を書面により通知する。

 しかしこれは一般に実務界で「税務調査」と呼んでいる、税務署の職員が会社に数日間来て帳簿や証憑書類を調べていく調査とは異なる(あるいはそれを内包しているとしてもそれに限らない)ものであると考えるので、それについて少し書いてみます。

 

国税通則法における「調査」

 まず、租税の手続周りについて基本法といわれる国税通則法を考えます。国税通則法にはしばしば*1「調査」という文言が登場します。

 租税行政法について調べるときに自分がいつも参照する酒井克彦先生の『クローズアップ租税行政法』を開くと、国税通則法24条にいう「調査」の意義に触れた裁判例として大阪地裁昭和45年9月22日判決を引用し文言の解釈が展開されています。

 

「通則法24条にいう調査とは、…課税標準等または税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味すると解せられる。すなわち課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含むきわめて包括的な概念である。」と説示しており、この判決を基礎に考えると、机上調査や準備調査のような外部からは認識し得ない内部調査もそこに含まれると解されよう。

酒井克彦『クローズアップ租税行政法〔第2版〕』137頁(財形詳報社2016)

 

 すなわち「調査」といってもいわゆる「税務調査」(ここでは税務署の人が会社に数日間来るやつを指してカギカッコつきで用います)に限るものではなく「机上調査や準備調査のような外部からは認識し得ない内部調査」もあるということになります。これは繰戻還付の規定における「調査」の意義を直接に解釈したものではありませんが、租税法令における「調査」の意義はこれを基本に解することとなるのでしょう。

 本書では前段として、調査の様々な種類(分類)も挙げられています(120頁)。

 

・強制力に基づく分類:任意調査/強制調査

・調査の期間や程度に応じた分類:一般調査/簡易調査/特別調査

・調査場所等による分類:内部調査/臨場調査/反面調査/金融機関調査

・調査担当による分類:税務署調査/国税局調査

 

 それぞれの具体的な意義は本書で確認していただくとして、言葉を見るだけでも一応の意味はわかるのではないでしょうか。通常の「税務調査」は一般調査で臨場調査、繰戻還付請求における調査は内部調査の場合がほとんどなのではないかと思われます。

 なお私が思うに税理士は(試験でやらないので)案外租税手続法の法的な建付けを学ばないまま実務をこなしてしまう傾向がある気がします。酒井先生の本書は話を複雑にせず要所を抑えて法的な理解を確認できるのでめちゃくちゃいい本だと思います。

 

一般的な「税務調査」の法的根拠

 じゃあいつもやってる「税務調査」はなんなのよ?というと、その法的根拠は周知のとおり国税通則法74条の2〔当該職員の所得税等に関する調査に係る質問検査権〕です。

国税通則法74条の2〕

国税庁国税局若しくは税務署(以下「国税庁等」という。)又は税関の当該職員(税関の当該職員にあつては、消費税に関する調査(第百三十一条第一項(質問、検査又は領置等)に規定する犯則事件の調査を除く。以下この章において同じ。)を行う場合に限る。)は、所得税法人税、地方法人税又は消費税に関する調査について必要があるときは、次の各号に掲げる調査の区分に応じ、当該各号に定める者に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件(税関の当該職員が行う調査にあつては、課税貨物消費税法第二条第一項第十一号(定義)に規定する課税貨物をいう。第四号イにおいて同じ。)若しくは輸出物品(同法第八条第一項(輸出物品販売場における輸出物品の譲渡に係る免税)に規定する物品をいう。第四号イにおいて同じ。)又はこれらの帳簿書類その他の物件とする。)を検査し、又は当該物件(その写しを含む。次条から第七十四条の六まで(当該職員の質問検査権)において同じ。)の提示若しくは提出を求めることができる。

 以前には個別の税法に規定されていた税務調査の権限が平成23年の改正で整理されて国税通則法に集約されたものですね。いつもやっている「税務調査」はそもそも繰戻還付請求の話とは法律と条文が違う、ということになります。

 

実務の経験から

 また経験的な根拠として、私も実際に法人の繰戻還付請求を行ったことはありますが、いわゆる「税務調査」はおろか電話での問い合わせも来たことがありません。これについてTwitterでつぶやいたところ、やはり問い合わせもなくすんなり還付されるという声が複数聞かれました(Twitterすごい)。

 この事実を前提として仮に法人税法80条における「調査」が「税務調査」のことを指していると解するならば、実際の税務行政の運用は”法律による行政”に反していることになってしまいます。もちろんそんなはずはないですから、当然実際に「調査」は行っているもののその「調査」とは基本的に臨場での「税務調査」ではなく税務署内部での机上調査であると解するのが妥当でしょう*2

 繰戻還付請求には過年度の所得金額や納付税額の情報を記載しますが、税務署側が「記載内容で合っているかな」と過去の申告と照らし合わせるのも繰戻還付の規定でいう「調査」に含まれるはずです。実態はどちらかというとそういったチェックとして、「請求さえあればどんな数字でも言われるがままにお金を振り込むわけではないですよ」という意味で「調査」を経るという規定になっているのではないでしょうか。

 最後に蛇足かもしれませんが、物事の筋から考えても、還付を請求する税額は消費税における仕入税額の還付請求のように市場で支払ったものではなく過去に税務署に実際に納付したものです。また欠損金額の真正性が疑わしいということであれば、それは欠損金の繰越控除をする場合でも疑わしさは同じはずです。繰戻還付請求のときにだけ特段に厳しい「調査」が行われるべきとする考えは、合理性の面から見てもあまり根拠がないように思われます。

 

 

*1:目次・見出し・附則も含めると342箇所

*2:もちろん、全部が全部そうだ(=繰戻還付請求をしても税務調査が来ることは絶対にない)と言っているわけではありませんが、一定の割合で税務調査が来るのは繰戻還付請求をしなくても同じことです。

会社法から見た使用人兼務役員

使用人兼務役員という存在

 税務においては「使用人兼務役員」というのは非常に馴染みがある用語で、税理士的にはその存在の是非を疑ったことすらない人は多いのではないかと思います。

 しかし冷静に考えると役員(ここでは取締役とする)は株主の委任を受けて会社を経営する人、使用人は会社に雇われて指揮命令に服して労働をする人ですから、矛盾してね?とも思うところです。

 そもそもそんなことが会社法上認められるのかとか、就業規則の適用についてはどうなるんだという素朴な疑問が湧くので、少し整理してみます。

 

会社法における使用人兼務役員

 会社法では監査役が使用人を兼務することは禁止されています(335条2項)*1が、取締役については特にこのような規定はありません。なのでその意味では「認められている(禁じられていない)」、そして現実に多く存在する、という理解の仕方になります。

 色々参照した中でも京都の法律事務所さんが公開されているPDFがわかりやすかったです。

 リーガルクエス会社法ではその存在根拠につき詳しい議論はされておりませんが「業務を執行する取締役は、使用人を兼務する場合もある(使用人兼務取締役)。この場合には報酬の決定につき問題を生じる」*2とし、その存在が成立することを前提に報酬の定め方について注意を促しています。取締役としての報酬は株主総会で決めるけど使用人としての給与はそうではないという話ですね。

 

【労働法入門 新版 (岩波新書 新赤版 1781)】

 

労働法における使用人兼務役員

 次に労働者としての扱い、具体的には就業規則の適用を受けるのかという点ですが、これについてはやはり単純に「取締役もやっているし使用人もやっている」という事実から、使用人としての労働の部分については就業規則の適用があると解されます(上記PDF参照)。

 懲戒による減給や解雇も可能ですがそれはあくまでも使用人としての地位に関することであって、取締役としての地位に関しては株主総会が預かる問題となります。

 

法人税法における使用人兼務役員

 今さらですが法人税法での使用人兼務役員とは、役員(社長、理事長その他特定の役員を除く。)のうち、部長、課長その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事するものをいいます(34条6項)。

 さらに代表取締役や副社長・専務・常務などの地位を有する役員、監査役などは使用人兼務役員にはなれないわけですが、これはそもそも経営のトップを委任されていることと経営側からの指揮命令に服することとの矛盾、あるいは監査役は使用人を兼務できないという会社法の規定を前提とすれば、理解しやすいかと思います。

 

 やっぱり私法あっての税法ですね。

 

*1:当然ながら監査役は監査をする立場なので、自分で業務を執行してしまうとコーポレートガバナンス上の問題が生じます。そのため取締役や使用人を兼務できません。

*2:伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征『会社法〔第3版〕』175頁(有斐閣2015)。版古いですよね。。。

国外居住親族の扶養控除等

国税庁がPDFでQ&Aを公表しましたね。

 

令和5年1月からの国外居住親族に係る扶養控除等Q&A(源泉所得税関係)

 

Q&Aによれば、国外居住親族について「扶養控除」の対象となるのは扶養親族のうち次の(1)から(3)にあたる者に限られ、適用を受けようとする場合は一定の書類が必要であるとされています。

 

(1) 年齢16歳以上30歳未満の者

(2) 年齢70歳以上の者

(3) 年齢30歳以上70歳未満の者のうち、次の①から③までのいずれかに該当する者

① 留学により国内に住所及び居所を有しなくなった者

② 障害者

③ その居住者からその年において生活費又は教育費に充てるための支払を 38 万円以上受けている者

見ていくとたしかに正しいのだけど、わかりやすいのかわかりにくいのかよくわからないベン図

「扶養控除は16歳以上なんだけど、30歳以上70歳未満の範囲は3つの分類の人に限られる」と言い換えてもいいでしょうか。

証明の書類はどういうものがあればいいかといったあたりをQ&Aでは掘り下げていますが、果たしてこれを世間の年末調整担当者が理解してこなしきれるかどうか。年末調整限界説はこの辺でも表れている気がしますがどうでしょう。

税理士としては、国外親族の扶養控除については「扶養している親族は控除できる」という実体的な見方ではなく「扶養している親族で、扶養していることを国税が納得する書類で証明できる人は控除できる」というように手続き的な要件まで織り込んだ形でイメージしておかないといけないかなと思います。扶養控除等申告書に書きたかったらあらかじめそこをご了承くださいと。

なんだかシビアすぎるような気もしますが、国税の調査権限が及ばない国外の事柄に関して、「親族の名前を書いたもん勝ち」みたいになってしまってもたしかにどうかなぁという気持ちもそれはそれでわかります。

送金関係書類での注意点は、以前からですが、控除を適用する扶養親族各人への送金の証明が必要だというあたりでしょうか(Q34)。代表者にまとめて送金、では代表者一人分の送金関係書類にしかなりません。

 

ちなみにこの話の根拠条文がわからなかったので、ご存じの方教えてください。

 

土地建物の一括譲渡と消費税

今日の税務通信(3717号)の〔裁判例・裁決例〕より興味深い裁判例東京地裁令和元年(行ウ)第480号、令和4年6月7日判決)。

 

土地建物の一括譲渡(合計約10億)で契約書において土地・建物それぞれの対価が記載されていない場合について。

 

納税者:鑑定評価で按分し土地8億・建物2憶

国:固定資産税評価で按分し土地5.5億・建物4.5億

 

として争い、裁判所は「一般論としては固定資産税評価額による按分はアリだけど、適正な鑑定評価が出るならそっちだよね」という趣旨の判決を下し、国も控訴せずに確定とのことです。

※もちろん金額や判決要旨はざっくりで引用しております。

 

法解釈論としては消費税法施行令45条3項の問題となるわけですが、いずれにせよ鑑定評価使うか否かでおよそ2,200万も預かり消費税が変わるのは専門家責任の観点から素朴に恐ろしいなと思いました。

実務上は固定資産税評価額は入手が容易ですし行政が算出しているものということでエクスキューズを立てやすいですが、安直に頼ってはいけないと。

もちろん本件は一事例にすぎませんし、個別の事情として地価の変動が激しかったため3年ごとの見直しに留まる固定資産税評価が実態を正しく反映しているかといった議論があるケースのようですのでいつでも鑑定評価が優位かといえばそれは違うと思うのですが、金額の大きな一括譲渡については鑑定評価をかますか少なくともその辺の説明・検討はしておかないとマズいなと思わされました。

ちなみに本件、取得側が固定資産税評価額で按分してて今頃震えてるといったことはないか……というのは邪悪な心配でしょうか。

 

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消費税法施行令第45条

(課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れに係る消費税の課税標準の額)
第四十五条 法第二十八条第一項及び第二項に規定する金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。
(第2項省略)
3 事業者が課税資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。以下この項において同じ。)に係る資産(以下この項において「課税資産」という。)と課税資産の譲渡等以外の資産の譲渡等に係る資産(以下この項において「非課税資産」という。)とを同一の者に対して同時に譲渡した場合において、これらの資産の譲渡の対価の額(法第二十八条第一項に規定する対価の額をいう。以下この項において同じ。)が課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないときは、当該課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、これらの資産の譲渡の対価の額に、これらの資産の譲渡の時における当該課税資産の価額と当該非課税資産の価額との合計額のうちに当該課税資産の価額の占める割合を乗じて計算した金額とする。