租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

小規模宅地等の保有継続要件と申告期限前の売買契約

会の研修より。

相続税における小規模宅地等の特例では「申告期限まで引き続き当該宅地等を有し」ていること、いわゆる保有継続要件が求められることがあります(措置法69条の4)。

ここで疑問なのが「申告期限まで有している」というのは何を意味するのか? 申告期限近くに売却してしまう場合があり得ますが、例えば申告期限までに売買契約や手付金の受領は済ませたものの引き渡しはまだという場合にはどうなるのかという点です。

 

【想定されるケース】

相続発生→売買契約→手付の受領→相続税申告期限到来→引き渡し

 

これについては条文や通達での明記はありませんが、有しているか否かは「引き渡し」が判断基準であり、契約や手付が取り交わされていたとしても申告期限までに引き渡しが済んでいない場合は「申告期限まで有している」ものとなり小規模宅地等の特例が適用できるとするのが妥当な解釈とのことです。

 

理由付けとしては民法所得税法が参考となり、民法の所有権の移転は引き渡し又は登記完了時になること*1、所基通36-12に譲渡所得の収入すべき金額の解釈として「譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は(…)譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとする」とされていることが挙げられます*2

小規模宅地の要件(文言)は「譲渡していないこと」ではないのでそのまま繋げて考えていいかについて理論的な議論はあり得ますが、常識的に見て妥当な結論と思われます。

なお譲渡所得の申告において契約時に収入したものとして自ら申告している場合は相続税の「有している」が否認される可能性があるから気を付けようとのことです。こちらも法理論的にどうというよりは実践的な整合性の問題かなと。あえて危険を冒す必要もないので平仄を合わせるべきでしょう。

 

*1:民法の原則としては自分の知識と違うのですが…。不動産に関しては契約でそのように定めることが多いのであまり議論する実益はないのかもしれません。参考、民法176条「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」、道垣内弘人「物権関係の変動自体はA・B間の契約などによって生じる」「売買契約が締結された(…)原則として、その時点で所有権移転の効果が発生するといってよい」416頁『リーガルベイシス民法入門〔第3版〕』。

*2:なお、同通達で原則「譲渡代金の決済を了した日より後にはならない」と記載されているので、後金の決済が済んだ後で「でもまだ引き渡してないんで」という強弁は相当厳しいことに注意です。

完全子法人株式等の配当に係る源泉徴収制度の見直し

もうすぐ適用開始ですがボーっとしてると忘れてしまいそうなので意識付けのためにメモ。

完全子法人から親会社に配当をする場合などで源泉徴収は不要(令和4年税制改正)。

 

【改正の概要】

一定の内国法人が支払を受ける配当等で次に掲げるものについては、配当等に係る所得税源泉徴収を行わない。

 ①完全子法人株式等(株式等保有割合100%)に該当する株式等に係る配当等

 ②配当等の支払に係る基準日において、当該内国法人が直接に保有する他の内国法人の株式等(当該内国法人が名義人として保有するものに限る)の発行済株式等の総数等に占める割合が3分の1超である場合における当該他の内国法人の株式等に係る配当等

【適用時期】

令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当等

 

(参考)配当等に係る源泉徴収の改正

 

正直グループ内で源泉徴収して還付を受けるのって無駄な感じがしますし、国としても還付加算金を払わなくていい、という背景のようですね。

 

雑所得の損益通算が認められていない歴史的背景

雑所得で生じた損失を他の所得と通算することができない理由について深く考えたことはなく、まぁ中身が色々で往々にして家事的な領域にも近いものだしなという程度の認識でしたが、『税務事例研究』を読んでいて経緯の説明があったので「へぇー」と思いました。

流れとしては、かつては雑所得でも損益通算が認められていたものの昭和43年の改正で見直されて損益通算が不可になったそうです。そこでの建前は家事関連費も多い実情といったところですが、さらに言うと具体的に問題視された類型もあったと。

 

 興味深いのは,法改正の理由として,国会議員による還付請求があげられていることである。すなわち,政治献金等が雑所得となることを前提に,損益通算を利用して歳費に係る源泉徴収所得税額の還付請求を行う議員が多発したのである。
 そもそもこの問題は,確定申告をしない国会議員が多い上に,政治家の所得が把握しにくいことから,昭和42年の確定申告からは,雑所得として必要経費を認める代わりに,きちんと申告させようとしたことから始まる。ところが,実際には,損益通算を悪用して,雑所得に係る収入金額が存在しないのに必要経費だけを計上した還付申告が相次いだため,国会においても当時の泉美之松国税庁長官が追求されたという経緯がある。

 

渡辺徹也  「デジタル社会における副業および就業形態の変化と所得課税―ギグワーカー、テレワーク、ジョブ型雇用―」『税務事例研究』192号
※直近1年間は電子書籍PDFをDL可

 

要するに国会議員による不正還付みたいなものが横行したのですね。

上記引用の論考ではガチ研究者である渡辺先生がいわゆる副業赤字の無税入門にも触れていて面白いです。一読をおすすめします。

 

 

法人が休眠している場合の均等割の扱い

ここでいう休眠とは法的な意味を持つものではなく単に「事実上稼働していない」状態とします。

休眠状態でも均等割を納めないといけないのかについては地方公共団体によって扱いが異なるようですが、地方税法的な整理としては「均等割は事務所又は事業所及び寮等を有することに対して課税される。事業所等は、法人が登記されていれば当然に該当するわけではなく、①人的設備②物的設備③事業継続性の3つの要件を全て満たした場合に生じる」ものになります。

 

(参考)「東京税理士界」相談事例「個人事業への切替えに伴い休業する法人に係る税務問題」(PDF)

①人的設備②物的設備、については登記上代表者がいて本店所在地があれば完全に否定することは難しく、主張するとすれば③事業継続性になりそうです。

すなわち、人的・物的な設備が存在はしても、継続して事業を行っていないので均等割の課税対象になる「事務所等」は存在しないという理論構成です。

このような主張が実務でどの程度認められているのかは存じませんが、建付けとしてはこう考えるしかないのでしょう。

 

 

オーナー社長が配偶者を従業員にしてみなし役員認定される条件

少し前の「東京税理士界」の相談事例より、整理が簡潔でわかりやすいのでメモ的に共有。

 

「法人成りにより青色事業専従者がみなし役員と認定された場合の課税関係」(PDF)

相談事例は法人成りを前提としていますが新規に創業する場合でも同じで、会社法上の役員でなくても経営に関わっている者が法人税の取り扱い上役員とみなされる場合があります。

 

これが問題になるのは、法人税に置いて役員の給与で損金と認められるのは定期同額給与など一定のものに限られるからです。配偶者に会社の手伝いをお願いして「当期されている役員じゃないから、そのときの雰囲気で給与や賞与を出そう」としているとみなし役員と認定されて損金を否認される危険があります。

 

同族会社の使用人がみなし役員にあてはまる要件としては

①持株の要件。ざっくり言うと持株割合が高い親族グループに属しているか。

②法人の経営に従事しているかの要件。

があり、同族会社では大抵①の要件は満たすものと思われ、あとは「法人の経営に従事」していればみなし役員になります(参照、タックスアンサー「役員の範囲」)。

 

どんな場合が「経営に従事」にあたるかは細かく法定されているわけではないため解釈ですが、経営方針、財務、人事など会社に重要な意思決定に自らの判断で介入しているような場合にはこれにあたると考えられているようです。他方、単に指示に従って業務をするような場合は経営に従事ではないと。

 

そして興味深いのはみなし役員の事前確定届出給与の扱い。

みなし役員は、会社法上の役員ではないために、職務執行の対価を株主総会等において決議することは求められない。したがって、みなし役員については、職務執行の対価を決議する機関が明らかではないことから、代表取締役の決定をもって株主総会等の決議に代えることができると解されている。

この辺はエビデンスを残す対応が求められるのでしょうね。

 

税理士変更時の会計ソフトデータ引き渡し

会計データ引き渡しのニーズ

 会社が会計事務所に記帳代行を依頼しているケースで、会計事務所を変更する際に会計データを請求できるのかが問題となることがあります。

 決算書や総勘定元帳を(紙やPDFで)もらえるのは当然として、微妙なのは例えば弥生会計のバックアップデータのように、会計ソフトで開くことができるデータです。

 会社としては、自社の依頼にもとづいてどうせ作成してあるのであればそれを送ってもらい、次の会計事務所に引き渡せば次の会計事務所ではデータを新規に作成する手間が省けて効率的です。もしかするとそれが報酬額に影響する場合もあるかもしれません。

 

Twitterで聞いた意見

 これについて実際税理士側は渡す義務があるのだろうか?とTwitterでつぶやいたところ多くのコメントをいただきまして、ご意見としてはほぼ「会計事務所側には会計データを明け渡す法的な義務はない」というものでした。

 私もそう考えますし、検索してみるとこの点を争った裁判例東京地裁平成25年9月6日)もあるようで、細かい理由付けはともかくやはり明け渡し義務はないという判決になったようです。

 ただしコメントをくださったみなさん自身が「提供しない派」ということではなく、法的に義務はなくとも現実には提供するという方も多かったですし、提供しない行動に疑問を呈される方も多かったです。

 

私個人のスタンス

 私も自分のスタンスを明らかにしておくと、関与先が他の会計事務所に移る際には求めがあれば提供します。また、直近3期分の申告書・総勘定元帳・科目別消費税区分表・e-Tax/eLTaxのログイン情報データあたりは「次の税理士にお渡しください」と率先して渡しています(過去に渡しているものと重複するとしても)。

 これは法的な義務があると思っているからではなく、

  1. 追加的に手間がかかるわけではなく既にあるものを提供するだけで明らかにその後の実務が円滑に回るわけなので社会人の良識として提供した方がそりゃいいよねという意識。
  2. これまでお世話になった関与先への恩義・感謝から当然最後まで役に立てるように行動すべきだという意識。
  3. 申告納税制度に貢献することを前提に独占業務の保護が与えられている税理士としての職業倫理。
  4. いつ第三者に開示しても恥ずかしくないデータを作ろうという意識をもって業務にあたることが自己研鑽にも繋がるという意識。

 あたりが理由となります。

 もう少し率直に感情的な面から言うと、これに類する税理士変更時の「データ提供渋り問題」は税理士業界の最もしょうもなくてみっともない部分だと思っているので、そういうしょうもないことをしたくないという思いが強いです。

 しかし以上はあくまでも私個人の考え方や行動指針であって他人に押し付ける気はありませんしデータを提供しない会計事務所を批判する気もありません。法的な義務がない以上自社のノウハウなどを守る意味で必要のないデータは提供しないという姿勢もひとつの考え方だとは思います。他の事務所から自分の事務所へ移ってくるときに関しては、私は前の事務所に直接請求することはなく、関与先経由で一度お願いしてもらうことはありますが断られたらそれ以上は追及していません。

 

理解と私見のまとめ

 Twitterに載せた自分のまとめ(加筆訂正版)。

(1)通常は税務の委任契約で提供する仕事は総勘定元帳や決算書の作成であって、会計ソフトはそれら成果物の作成過程で勝手に使用しているシステムであるに過ぎないためそのデータの提供義務は法的にはない。

(2)会計ソフトのデータには補助科目の使い分けや伝票辞書の使い方など、他の会計事務所と差別化するための情報が含まれている場合があるため、営業秘密の保護の観点から提供を拒む理屈上の正当性もある。

(3)ただし現実的には会計ソフトのデータを提供するだけで会計事務所が損害を被る蓋然性は低いと考える。実際のところ提供を渋る理由はなんとなく腹の中を探られるのが嫌だという抵抗感が大半ではないかと思われるが、処理ミスなどの問題は元帳からもわかるし、元帳や決算書などに影響しない事柄であれば逆に(仮に誤りや不手際があったとしても)隠す必要もない。

(4)だとすると、現存するデータを提供しないことによる世の中への影響は基本的にデータの作り直しによって「手間が増える」ことのみ。適正な申告納税への貢献を果たすことを前提に国家資格による独占業務の保護が与えられている税理士の振る舞いとして、データの提供を拒むのは法的に問題はなくとも職業倫理的に好ましくないと個人的には考える。いつでもデータを開示できるようにキレイな仕事を心がけ、納税者の利便に資するように行動する方が業界として生産的。もちろん、追加的に時間がかかる事柄への協力は別の話。

 

旧商号で記載された納付書で納めても問題なし

当たり前と言えば当たり前なのですが税務署に確認したので備忘メモ。

最近会社名の変更をした会社で、税務署に異動届は提出したのですがタイミングの問題でその変更が反映されておらず古い会社名で法人税や消費税の納付書が届きました。

お客様が気になるということだったので税務署に電話をして確認したところ「右上に記載されている管理番号で管理しているから、そこが合っていれば問題ない。二重線での訂正なども不要」とのことでした。

最近は電子納税の浸透でこうしたことで悩む機会自体減ったかもしれませんが。