租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

生命保険の実質返戻率は意味不明

 税理士の仕事と切っても切れない関係にあるのが保険(ここでは特に法人で契約する生命保険)です。いざというときのための保障はもちろんのこと、福利厚生や退職金の積み立て、果ては節税目的まで、様々な場面で保険と関わることになります。

 そんな中、以前から素朴に疑問に思っているものとして、保険会社が提示してくる資料の中にある「実質返戻率」という数値があります。厳密な定義があるのかは存じませんが、一般的には「解約返戻金を、損金算入による税負担の軽減を考慮した後の保険料支払累計額で除した数字」のことを実質返戻率なり参考返戻率と呼ぶようです。

 保険会社が言いたいことはおそらくこうです。例えば法人契約の定期保険があって、年間の保険料が100万円だとします。半額が損金になるタイプの保険だとすると、保険料100万円の半分の50万円は損金となり、実効税率35%の仮定で計算すると17.5万円はその事業年度の税額を減少させるため、「実質的な負担額」は100-17.5で82.5万円。このときに保険を解約して、解約返戻金が85万円なら、一見すると100万円が85万円になってしまうようだが、「実質的には」82.5万円の負担に対して85万円を獲得しているから「実質返戻率」は103%で得ですよと。

 文で書いた例とは数字が違って恐縮ですがよく下のような試算表が提示されます。

 

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 しかしこれは率直に言って意味不明です。解約返戻金は益金を構成するわけですから、保険契約をしている期間を通算して見れば、損金になった分は益金となり、課税所得に及ぼす効果はプラスマイナスゼロです(単純返戻率を100%に単純化した場合)。

 このように実質返戻率のおかしいところは、「保険料の支払いと解約返戻金の受け取り」という一連の取引について、保険料を支払うときの損金計上については考慮に入れながら解約返戻金を受け取るときの益金計上については無視する点です。これは片手落ちの考え方で、そのような数字に節税効果の指標としての意味はないと考えます。

 こうした疑問に対してよく言われるのは、利益が出ている期に役員退職金の積み立てとして保険を契約して所得を圧縮しておき、解約返戻金が発生する事業年度に解約返戻金と同額以上の退職金を支給すれば解約返戻金による益金と退職金による損金とが打ち消し合い結局納税はしなくて済む、そういう場合には実質返戻率の考え方でいい、という説明です。

 そういうプランニングが有効に機能する局面があることを否定はしません。目先で所得が発生して将来に損失が発生しそうな場合に、先に損が立って将来益が出るような投資を行うことで所得を平準化するというのは当然考えられるタックス・プランニングです。ただしそれは要するに課税の繰り延べの問題であって、実質返戻率とは何も関係がないことです。

 保険でごちゃごちゃ考えるからわかりづらくなるのであって、例えばある事業の計画で1期目に損が1,000万、2期目に益が1,000万出るものがあったとして「1期目の損の実質負担は825万円で益は1,000万円なので121%の税効果です!」なんてプレゼンをされたら単純に意味不明ではないでしょうかと、そういう素朴な疑問です。

 繰り返しますが、私は保険が(節税ではなく)課税の繰り延べとして有効に使える場合があることを否定するつもりはありませんし、利益が出ていて資金繰りに余裕がある時期に保険を契約することは有力な選択肢のひとつとして考えていいと思います。ただ、実質返戻率という数字はわけがわからないというお話です。