前回の記事の続きです。前回は先行研究とネット上の説などを紹介しましたが、今回は自分なりに計算していきます。
taxlawlabyrinth.hatenablog.com
計算のアプローチ
今回の計算では「ビジネスによって得た収入から必要経費を引いた金額」を全ての基準とします。「所得」という用語は多義的ですが、この記事で所得といったら「収入-必要経費」のことです(個人なら青色申告特別控除前、法人なら収益-費用)。
個人と法人とどちらが得かを考える人は何かしら儲けを得られるビジネスがあり、それをどの事業体で受けるのがいいかを考えているはずです。そして最終的なゴールは税金や社会保険を全部支払った後のお金がどれだけ残るのかです。
そこで「収入-必要経費」を出発点に、「個人の手元に残る課税後のお金」がゴールになるように税・社会保険負担を計算していきます。
〔収入-必要経費〕-〔税・社会保険負担〕=〔自由に使えるお金〕
税・社会保険負担は個人と法人それぞれの場合を計算して両者を比較します。
はじめにどのような前提で計算したかを概要でまとめて結果を示し、最後にひとつひとつの計算について詳細に説明を付し、計算をしたスプレッドシートも公開します。
個人事業主の計算の前提
- 個人法人ともに原則として令和2年12月現在の法令(所得税住民税であれば令和2年分に対する課税)で計算を行う。
- 青色申告をしている事業所得者とする。
- 所得控除については社会保険料控除・基礎控除のみ考慮する(扶養親族はないものとする)。
- 国民健康保険料の計算については介護保険を含み、令和2年千代田区の計算方法による(国民年金は全国一律で月16,540円)。
- 考慮する税金は所得税、復興特別所得税、事業税(税率は5%)、住民税とする。
法人の計算の前提
- 法人が得た「収入-必要経費」を全て役員給与としてキャッシュアウトする(所得集中型の法人成り)。したがって所得にかかる税金は何も負担せず、法人住民税均等割7万円のみを負担するものとする。
- 給与に対して課される社会保険料は協会けんぽ(東京都)の令和2年12月現在の料率(介護保険有)により計算する。
- 法人には社会保険料会社負担分と法人都民税均等割を支払うだけのキャッシュが残らないが、これは個人から貸し付けるものとする。結果として法人には欠損金と借入金が残ることとなるがこれによる影響については考えない。
- 国民健康保険と社会保険、国民年金(のみ)と厚生年金では受益が異なるがこれについては考慮しない。
計算結果
上記の前提で計算をした個人・法人それぞれの税・社会保険負担について所得に対する割合を「負担率」と定義し、所得階層別に比較します。
負担率=税・社会保険負担合計額÷所得
重ねて折れ線グラフにしてみました。
結論としては所得3,100万円からは法人のほうが税・社会保険負担が少ないという結果になりました。
2,500万円のラインを示していた田近・横田研究よりもさらに高い所得です。
負担「率」だとスケール感がピンと来ないため「額」でどのくらい差が出るのかも図示します。
所得1,000万くらいまではむしろ「法人で所得を増やすほど負担が増える」状況にあります。70万や80万など、所得水準との対比ではかなり大きな負担です。 2,000万に近づくと稼ぐほどに個人との差が埋まっていき、2,600万のところで一旦基礎控除がなくなり不安定な動きをしますがまた元の傾向に戻ります。5,000万なら110万ほど得をします。
結果の解釈
どのようなロジックでこうした結果になるのかについてですが、税金だけについて言えば所得400万円程度からずっと法人の方が有利です。これは給与所得控除が使えることと事業税が課されないことによります。
しかし社会保険(健康保険・年金)については所得が少ない段階から法人は個人の倍払うイメージになります。1,700万付近で頭に打ちになる頃には個人の社会保険が年間約120万に対して法人は会社負担も含めて約330万円とすごい金額になります。
そして税金によるプラスが社会保険料のマイナスにやっとこさ追いつくのが所得3,000万円というわけです。ざっくり言えば、所得を個人でそのまま得るのではなく法人を通して得るとその過程で社保の会社負担分が乗ってくるから相当所得が大きくないと損をするイメージです。
なお、所得を限りなく無限に近づけていくと個人の負担率は60.945%に収束していきます。これは所得税の最高税率45%にそれに対する2.1%の復興税を加え、住民税10%、事業税5%を合わせた数字です。
これに対して法人化して給与所得にすると事業税が課されないため負担率は5ポイント低い55.945%に収束します。最後は事業税の差になるというのは少し意外かもしれません。このため事業税が課されない業種に関してはまた話が変わってきます。
繰り返しますがここでは法人が得たビジネスの儲けを全て役員に給与として支給し法人には課税所得が残らない前提の計算をしていますから、所得が大きくなると法人が有利になる原因は所得税と法人税の差ではなく「個人の事業所得課税」と「個人の給与所得課税」の差です。その意味では「法人の負担率」とかいうより「法人を通した場合の個人の負担率」とでも言う方が適切なのかもしれません。
また所得が大きいとしても法人化で得をする絶対額という意味では所得4,000万で約50万、所得4,800万で約100万です。大金は大金ですが逆にこれほどの所得がある人にとってはそこまで大きなインパクトは感じにくいかもしれません。
ましてや、法人化するとなれば設立のための費用や司法書士・税理士報酬もどうしてもかかって来るでしょう。こうして考えていくと「いやぁ法人化したから負担が減っていいなぁ~♪」なんて実感を持つのは相当に難しいと思わされます。所得が5,000万を優に超えるような人であれば話は違いますがそうした個人事業主の割合は物凄く限られていますし、そのレベルのビジネスは税金や社保負担云々の前に事業サイドの理由で法人化するケースが多いのではないでしょうか。
もちろん、ここで計算したことが個人と法人の違いの全てではありません。法人成りすることで消費税の免税事業者を使うとか(インボイス導入で怪しくなりますが)、専従でない親族に所得を分散しやすいとか、退職金が取れるとか、ここで考慮しなかったファクターを組み入れることで「節税」できる場合は色々あるかもしれません。その辺はケースバイケースになってきます。また、法人に残る欠損金や社保の受益の部分など計算上キレイに解決できていない部分もあります。
しかし基本の所得課税・社保負担についての傾向は抑えておいたほうが安全かと思います。
一般的な「フリーランス」くらいの言葉で表現される方であれば個人事業主のままややこしい手続きもなく過ごした方が色んな意味で幸せかもしれません。
計算表
Google Spreadsheetをリンク(URL)から誰でも閲覧できる状態にしています。
計算項目の説明
----------個人----------
【所得】
収入から経費を引いた金額を念頭に置いている。
【国民健康保険料】
下記の合計とする。
①医療分:(収入-必要経費-330,000円)×7.14%+37,300円 ※限度額63万円
②後期高齢者支援分:(収入-必要経費-330,000円)×1.93%+11,000円 ※限度額19万円
③介護分:(収入-必要経費-330,000円)×0.97%+14,200円 ※限度額17万円
(参照)千代田区ウェブサイト
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kurashi/hoken/kenkohoken/kesan.html
【国民年金】
所得に関係なく、月額16,540円を12倍した198,480円。
【青色申告特別控除】
電子申告をした場合の65万円とする。
【基礎控除(所)】
所得税の基礎控除。「収入-必要経費」を合計所得金額とし、2,400万円以下なら48万円、2,400万円超2,450万円以下なら32万円、2,450万円超2,500万円以下なら16万円、2,500万円超なら0円。
【課税所得(所)】
収入-必要経費-国民健康保険料-国民年金-青色申告特別控除-基礎控除(所)。※千円未満切り捨て
【所得税・復興税】
課税所得(所)に税率表を適用して得られた所得税と復興特別所得税の合計額。
【事業税】
収入-必要経費から290万円を引いて(千円未満切り捨て)5%を乗じた金額。
【基礎控除(住)】
住民税の基礎控除。「収入-必要経費」を合計所得金額とし、2,400万円以下なら43万円、2,400万円超2,450万円以下なら29万円、2,450万円超2,500万円以下なら15万円、2,500万円超なら0円。
【課税所得(住)】
収入-必要経費-国民健康保険料-国民年金-青色申告特別控除-基礎控除(住)。※千円未満切り捨て
【住民税】
課税所得(住)に10%を乗じて5千円を足した金額。※住民税の計算で調整控除は加味していない(気が向いたらやりたい)
【税・社会保険負担合計】
【個人の負担率】
税・社会保険負担合計÷所得
----------法人----------
【所得(給与)】
法人が得た儲けであり、そのまま役員へ給与として出す金額。
【給与所得】
給与所得控除後の金額。
【健康保険本人負担】
給与×11.69% ※81.037×12が上限
本来は標準報酬に対して計算し12倍するのが正しいが簡単化のため年間の給与額に料率を乗じている。介護保険該当の料率。
【厚生年金本人負担】
給与×18.3% ※59,475×12が上限
健康保険と同様本来は標準報酬に対して計算し12倍するのが正しいが簡単化のため年間の給与額に料率を乗じている。
【基礎控除(所)】・【課税所得(所)】・【所得税・復興税】・【基礎控除(住)】・【課税所得(住)】・【住民税】
個人と同じであるため説明割愛。
【健康保険会社負担】
本人負担と同額。
【厚生年金会社負担】
本人負担と同額。
【子ども・子育て拠出金】
給与×0.36% ※650,000×12×0.36%が上限
健康保険と同様本来は標準報酬に対して計算し12倍するのが正しいが簡単化のため年間の給与額に料率を乗じている。
【均等割】
7万円としている。
【税・社会保険負担合計】
健康保険本人負担+厚生年金本人負担+所得税・復興税+住民税+健康保険会社負担+厚生年金会社負担+子ども・子育て拠出金+均等割
【法人の負担率】
税・社会保険負担合計÷所得(給与)
参考文献
繰り返しますが本記事の試みは新規性のあるものではなく下記の横田崇先生の報告のトレースです。