租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

〔書籍〕渡辺徹也『スタンダード法人税法』

※本記事執筆後に第2版が出ました

法人税法の条文解釈と制度趣旨がわかりやすく学べる好著

 所得税法の学習書として完全に定番となっているものに佐藤英明先生による『スタンダード所得税法』がありますが、法人税法については計算の説明をした「税務会計」の本か実務的な本ばかりで法律学の見地からの基本書がこれといってない状況でした。そんな中、待望といってもいいこの『スタンダード法人税法』が渡辺徹也先生と弘文堂により今年の3月末に出版されたので、早速買って読んでみました。

 全体的な感想としては、帯に「楽しく面白く読み通せる法人税法の基本書、誕生!」と書かれているまさにその通りの一冊といった印象です。何故法人税という租税があるのか、何に対して課税するのか、益金や損金はどのように計算されるか……といった基本から、組織再編税制など応用的な論点まで、とてもわかりやすく平易な言葉で簡潔に説明されており、読み進めるのにストレスを感じません。

 特に、ある課税ルールについて、どうしてその条文操作と結論が導かれるのかを課税のロジック及び制度趣旨の観点から説明する上手さには唸りました。背後にこういう経済的な事情や課税の合理性があるからこそ条文はこのように規定しているのだ、という話がスラスラ入ってきます。著者は「はしがき」でも条文の字句の暗記ではなく背景にある考え方をわかりやすく説明することを意識したと書いておられますが、宣言通りの内容ではないでしょうか。読み進めていくと「なるほどそういうことか!」という納得が次から次に訪れるような感覚です。

 なお、記述の形式に関する部分としては、各パートが佐藤スタンダードと同じように「ですます調」の初歩的な内容のLectureとやや堅く応用的な内容を扱うNext Stepに分かれており、最初はLectureだけを通して読んで後からNext Stepを読む、といったようにメリハリをつけて学習することができます。ちなみに、佐藤スタンダードは「ホガラが……マイホに……」といった独特な架空ケースを多用するスタイルですが、本書は要所でごく簡潔な架空事例を用意する以外は地の文で流れていきます。個人的には佐藤スタイルはやや苦手なので(笑)この点は本書の方が好みです。

新しい法人税法の体系

 本書の大きな特徴としては、法人税法を「株主法人間取引」という切り口から理解するという新しい法人税法の体系が意識されていることが挙げられます。これは組織再編税制等のテーマに強い著者の特色が表れているところで、類書にはない本書の魅力にもなっています。私は税理士で日々法人税法を扱っていますが、法人税法というのはこういう見方ができるものなのかと、無知蒙昧を啓かれた思いです。

 他方でその反射として、益金の額・損金の額の計算まわりの基礎的な項目に関する説明が基本書のわりにはやや薄いという点も指摘できるかと思います。この特徴はページの構成から見ても明らかで、順序としては法人税法の概要や益金・損金の計算からはじまるのですが、別段の定めを含めて益金・損金の説明は300頁ほどある本書の中の約半分(165頁)で終わり、以降は資本等取引を含めた「出資と分配」「グループ法人税制と組織再編税制」(プラス事業体課税)に入っていきます。

 もちろん益金の計算における無償取引、損金の計算における重要な別段の定めとしての役員給与・寄附金・交際費あたりは要点をおさえてきちんと説明はされているのですが、各種の取引に関する益金・損金の計算という意味では税法全体の基本書である谷口勢津夫『税法基本講義』の方が下手したら詳しいくらいです。法人税法の基本書ということで考えると、益金で言えば計上時期のあたりは(なんなら違法所得とかと絡めて)もう少し掘り下げられてもよかったのかなと思いますし、損金で言えば使途秘匿金や貸倒損失の類型のあたりの話とか、近年裁判例が熱い役員給与の「不相当に高額」の論点とか、もっとあってもよかったような気はします。

 ただ、言ってしまえばそういう機械的な計算のあたりの話が書いてある本は他にいくらでもありますし、フリーの『税大講本』あたりを使っても補充することができる部分ですので、本書がそういった通り一遍の内容で終わらず新しい体系を示していることで個人的にはとても楽しめました。

 グループ法人税制や組織再編税制などの法的な考え方の説明は非常に簡明でわかりやすく、法人税法の初学者だけでなく「単体法人の所得計算についてはだいたいわかるけど組織再編税制とかになるとなんかどうも難しいイメージで要領が掴めないんだよね」という人(私自身がそうだったのですが)にも大変おすすめできる内容です。

本書の活用方法

 前述の通り法人税法を法学的に正面から扱った基本書は他に思いつかないレベルなので、例えば司法試験の学習などにはかなり有益な一冊かと思います。入門という意味で言えば三木義一編著『よくわかる法人税法入門』も良書ですが、そもそも税法初学者だというのであれば『よくわかる税法入門』で税法全般の空気に馴染んだ上で直接本書に入ってしまった方が話が早いような気もします。

 判例の中身に関する記述は薄めなので、本書で法人税法の考え方を学びつつ金子宏他『ケースブック租税法』判例の事実・当てはめを追っていくと規定の理解の確認にもなって大変いい感じなのではないかと思います。

 税理士試験や税実務には直接役に立つという感じではありませんが、背景の考え方を知っておくという意味では参考になるかと思います。