租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

実現主義と売掛金の理屈についてよくわからないこと

1.実現主義の2要件

 税理士試験の財務諸表論を勉強しているときから、実現主義の説明について何か腑に落ちないものを感じていました。自分が何か基本を勘違いしている気がしてならないのですが頭の整理のために少し書いてみます。

 (新しい収益認識に関する会計基準を無視して)会計原則のレベルでいうと、実現主義とは次の場合に収益を認識するものであると受験で教えられました。

 

(1)財貨又は役務の引き渡し・提供があり

(2)その対価としての現金同等物の受領があったとき

 

 受験生であれば間髪入れずに答えられる理論でしょう。もはや当時のテキストは処分してしまいましたが、アカデミックな税務会計論の基本書にも同様の説明は記載されています。

 

収益を「財貨または役務の移転」と「これに対する貨幣性資産(現金等価物)の取得」の2つが揃った時点で認識するというのが実現主義の原則的考え方であるが、この最も典型的な適用基準が「販売基準」である。例えば、商品の引き渡し等(財貨の移転)をし、現金や売掛金等を受け取れば(現金等価物の取得)、その時点で売上収益を計上するという基本的な考え方である(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論I』20頁(中央経済社2016))。

 

 あるいは財務会計の定番の基本書では、次のように説明しています。

 

実現原則によれば、収益は次の2つの条件が満たされた時点で「実現」したものとして判断され、計上される。(a)企業が顧客への財やサービスの移転を通じて、履行義務を充足したこと、およびこれに伴って(b)移転した財やサービスと交換に、企業が権利を有する対価を獲得したことである。通常、この対価は現金預金や売掛金などの貨幣性資産の形態をとる(桜井久勝『財務会計講義〔第20版〕』78頁(中央経済社2019))。

 

 同じような説明ですが、「履行義務を充足」「権利を有する対価を獲得」としているあたり、私法上の権利義務の観念がやや重視されているように思います。

 (ちなみに調べてみたらどちらの本も新版が出ていました……基本原理の部分なので年によって大きく変わるものではないと思いますが、きっちり読めないままに時間が過ぎていくなぁ……)

 

2.売掛金は原因か結果か

 自分がピンとこなかったのは「売掛金を受け取る」というイメージです。

 実務的な作業を考えると、商品売買なら商品を引き渡して請求書を発行して、この取引先は代金が未収の状態になっているな、と管理されます。その状態の残高のことを売掛金と呼ぶのであって、「売掛金を渡します」「はい、受け取ります」というやりとりがあるわけではありません*1

 簿記の仕訳からしても、収益が実現したから「売掛金/売上」という仕訳を切るのであって、収益の実現はむしろ売掛金発生の原因であるイメージがあります。実現したけど回収していないから売掛金だというわけです。

 しかし前述の説明からすると売掛金の発生(受け取り?)が収益実現の条件となっています。となると、収益の実現とは独立に売掛金の発生(取得)を観念する必要があります*2。そうでなければ循環論法だからです。しかしその点は実現主義の文脈では説明されないことが多いのではないでしょうか。

 ちなみに桜井先生のテキストで売掛金の定義は「顧客との間の通常の取引に基づいて発生した営業上の未収入金であり、サービスの提供による営業収益で未収のものもこれに含まれる(桜井・前掲書140頁)」とされるのみで、発生・取得の基準に関する説明はありません。

 繰り返しになりますが仕訳で考えても貸方に収益が立たないのに売掛金の発生を認識することはないわけで、こうした点が自分の「ピンと来ない」部分です。

3.権利確定主義及び収益認識に関する会計基準

 税務の世界には権利確定主義があります。金子宏先生の古典的論文によれば権利確定主義とは「外部の世界との間で取引が行われ、その対価を収受すべき権利が確定した時点をもって所得の実現の時期と見る考え方(金子宏「所得の年度帰属―権利確定主義は破綻したか」『所得概念の研究』284頁(有斐閣1995))」です*3

 私にはこうした考え方のほうが自然であるように思われます。これでもまだ漠然としていますが、売掛金を「受け取った」かどうかというよりどういうときにそう言えるかが問題なのであり、権利確定主義の方がそうした議論との接合はいいのではないでしょうか。

 例えば前提としての売買契約があってこちらが商品の引き渡しをしたことにより義務を履行し、相手が同時履行の抗弁権を持たないような状況では、こちらがやるべきことは終わっていてあとは代金を払ってもらうのみです。こうした状態を収益の実現と捉えるのは社会通念的にも妥当ですし、中身を議論しやすくなります(いわゆる無条件請求権説)。

 もしかするとこうした意識が前提にあるからこそ桜井先生の説明では「履行義務を充足」「権利」といった言葉が出て来たのかなぁと。

 このように捉えるとむしろ収益実現の本質は「当方が義務を履行することに対して対価を受領する契約の存在」と「義務の履行」であって、それにより対価の獲得が(信用の問題を別として)確定するからそれこそが収益の実現だ、という説明の方が自分にはわかりやすいです。

 また来年4月から適用の「収益認識に関する会計基準」も「売上高などの収益を企業が契約上の履行義務を充足した場合に認識することとし(桜井・前掲書123頁)」ており、契約と履行義務を識別するというステップは上記の考え方から馴染みやすいです。

4.言い方の問題?

 こうした学説や教授法の整理は長い会計学の歴史の中で議論されていないわけがなく、私のような素人がごちゃごちゃと疑問を述べるのは滑稽であるものと思われます。契約にもとづく権利の確定がわかりやすいと言ったところで「いやそれを売掛金の受け取りと言っているのであって言い方の違いにすぎないのだよ」という反論が待ち受けているのかもしれません。

 ですから本記事としては「そういうところでもやもやする受験生もいますよ」という報告と「こういった事柄に関してわかりやすい整理を提供している文献をご存じでしたら教えてください」という呼びかけが趣旨となります。

 長々と失礼しました。

 

*1:検収票のような書面をその代わりにしている実務はあるかもしれませんが。

*2:もっと言えば財貨移転の要件と対価受領の要件が独立していると考えると「引き渡していないが売掛金を受け取った状態」や「引き渡したが売掛金を受け取っていない状態」が理論上あることになります。後者は預け在庫のような形で処理できるかもしれませんが、前者は不自然です。もちろん現預金であれば前受金になるのであり、売掛金の場合に当てはまらないだけだという言い方もできるのかもしれませんが。

*3:『租税法』を引用するとまた版落ちの問題があるので開き直って古典的名著から引用しました。……というのは冗談としても、金子宏『租税法〔第22版〕』293頁(弘文堂2017)以下の(所得税法の)所得の年度帰属の説明では「権利確定主義のもとでは、たとえば資産を譲渡した場合は、その所有権が相手方に移転し、代金債権が成立したときに所得が実現したことになる」といった例示や各種事例の検討はありますが権利確定主義そのもののの一般的な定義をおいていません。なお、法人税については同書337頁で「所得税法の場合と同様に、所得の実現の時点を基準とすべきであり、原則として、財貨の移転や役務の提供などによって債権が確定したときに収益が発生すると解すべきであろう(…)その意味では、法人税法においても、権利確定主義が妥当する」とされています。