租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

中小企業における予算作成の意義(税理士視点から)

1.血の通った管理会計実務本

本日のお題は、こちらを読んで考えたことです。

 

梅澤真由美『今から始める・見直す 管理会計の仕組みと実務がわかる本』(中央経済社2018)

 

 書店でぱらぱらと立ち読みしたときは少し堅くて教科書的すぎるかなぁと思いましたが、しっかり読んでみるとしっかり良い本でした。

 単なる管理会計理論の説明ではなくて、実際に管理会計をやっていくにあたっての実務的なポイントや注意点がぎっしりと詰まっています。例えば、社内の情報共有に関するタイムスケジュール感や経営陣に報告をするときの期待値調整の話などは物凄くリアルで、こういうのは実際の経験がある人じゃないと書けないなぁと思いました。

 

2.税理士から見た予算作成

 以下は、本書を読んで予算について考えた話です。

 経理部はともかくとして、外部の専門家として関わる税理士からすると会社の予算は実は微妙な存在です。社内の情報がないから税理士ががっつり予算を作ることはできませんし、記帳代行を頼んでいるような中小零細企業に予算が果たして意味があるかという素朴な疑問もあります。

 しかし私は最近、顧問先の予測PLのような財務モデルは、お客様に見せる見せないに関わらず、なるべく作ってみるようにしています。

 私見としては、次のような効用があります。

 

(1)顧問先のビジネスモデルや財務構造が把握できる。

 記帳代行や自計化のチェックだけだと、出来上がった数字を受動的に見る姿勢に繋がりやすくなります。しかし白紙から予測を起こしてみると、その会社にとってどんな勘定科目やどんな取引が重要で、利益やキャッシュの獲得のためにどの部分が鍵を握っているのかが掴めてきます。これをやっておくと、日々のコミュニケーションでもお客様に投げかける質問の質が変わってきます。逆に言えば、予算が作れないなら顧問先のビジネスを理解していないことになるとまで私は考えています。

 

(2)利益及び納税の予測ができる。

 当然ですが予測PLを作れば利益が予測できます。そうすると法人税・消費税の予測も自然とでき、顧問先への情報提供が速くなります。

 

(3)資金繰りの予測ができる。

 これは非常に重要です。ただの予測PLではなくそこに借入金の(元本)返済や設備投資計画も組み入れた資金繰りの予測を入れてあげると、経営者にとって情報のリアルさがググっと高まります。中小企業の経営者は得てして「決算整理で減価償却売掛金を計上した結果、当期純利益が…」といった話にはあまり興味がなく(正確には興味はあるかもしれませんがよくわからないし頭に入ってこないのでしょう)、気にしているのはキャッシュです。

 また、これが何より未来のアクションに繋がります。事業計画でいくとキャッシュが苦しくなりそうとわかればどのくらいの売り上げを上げればいいのかを逆算し、そのために頑張ることができます。状況的に売上の増加が難しそうなら早めに借り入れの検討をすることができます。

 「このままいくと10か月くらいでキャッシュがカツカツになりそうですよ、借り入れを検討されてはどうですか」と言ってあげれば、苦しくなってから考え始めるより、経営者はずっと楽になるはずです(し、税理士への信頼感も高まるでしょう)。

 

3.経営の未来を考える素材として

 以上3点の効用を考えました。

 「そんなもん作らずとも会計ソフトで出せる色んな財務指標や分析グラフを毎月提供してるよ!」という会計事務所も多いかもしれませんが、私からすれば重要なのは高度な分析やグラフよりも未来に関する先読みの情報であることです。

 過去の売上の推移についてキレイなグラフを作ったところで、結局は過去の情報です。経営者はこの先どうしていくかについて考えていますから、いくら過去を説明されても「あぁ、そうなんですね」で終わりがちです。

 お客様に見せる見せないに関わらず作ると先に書きましたが、もちろん見せた上でその内容を詰めたり実感との差異について議論できればそれに越したことはありません。というより、ただ正確な予測を作ってもそれだけでは全く意味がなく、それを素材に様々なことを考えたり行動を変えたりするからこそ意味があります。

 そして一番の醍醐味は、予算を作成してから半年、一年経った後の実績との対比です。

 予算なくして毎年場当たり的に「今年は利益が出た」「今年はなんかダメだった」を繰り返しているとせっかくの財務数値から得られるフィードバックが何もありません。

 その点、「今年はこういう施策を新たにやろうとしていてこのくらい売り上げが増える予想をしていたが、実際にはそこまで増えなかった。その原因はなんなのだろう」と具体的に予算と実績の対比から問題を詰められると、経営へのフィードバックの情報の質が段違いです。それは予測が楽観的にすぎたのかもしれませんし、実践が足りなかったのかもしれません。

 だから、予測が合ってる合ってないの問題ではないのですね。差異に情報が詰まっていて、市場の反応についての認識を改めたり、必要な施策の量についての認識を改めたりする良い機会ということです。

 予算はビジネスを理解し未来を考える上で極めて有用な道具です。