租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

くれぐれも特定新規設立法人にご用心

消費税の「特定新規設立法人」の規定、みなさんもう慣れましたか?

ものすごくざっくり言うと「新しい法人を設立したとき、支配株主や関係者に課税売上5億円超のものがあると新設法人も1期目から課税事業者になる」というものです。

わかりやすい例では課税売上が5億を超える会社の100%子会社や100%兄弟会社はこの規定にひっかかります。

もっと言うと、奥さんが自分のビジネスをやろうと会社を立ち上げたとき、生計を一にする旦那さんの会社が5億を超えていてもこれもひっかかります。非常に落とし穴的な規定ですね。

 

私はこの規定ができて以来なるべく気を付けるようにしているのですが、こないだ久しぶりに該当して届出を提出しました。

それで改めて恐ろしいなと。

もうこうなると「売上5億超のビジネスをやっている企業グループ、あるいはその親族が会社を新規設立したらこの規定にひっかかる」とまず考えた方がいいように思います。

条文としては消費税法12条の3なのですがこれがまた読みづらいいわゆる「難解条文」ですし、ある程度の規模があっていくつもの関連会社があるようなグループの場合、必要な判定箇所も多くなります(支配関係の整理だけでなく時系列……すなわちどこが基準期間に相当する期間なのか、なども複雑です)。

税理士にとって客先でパっと聞かれて結論を出せるような代物ではないのです。法人の新規設立を検討するときには、このような規定が適用される可能性がある旨まず伝え、時間をとって検討するしかないでしょう。場合によっては株価評価レベルの労力を伴うかもしれません。

明らかに該当するとわかれば、それはそれで楽ですが。

税務署は果たしてこのような規定に関して何かしらのチェックを行い執行できているのか?という疑問の声もありますしそれはたしかに言えるのですが、発覚してしまえば法律論として即アウトですから、税理士としては当然ながら真面目にチェックし適用する他に道がありません。

そしてどの税目でもそうですが参考書・フローチャート・チェックリスト類は最新のものを使わないとダメですね。

 

(特定新規設立法人の納税義務の免除の特例)
第十二条の三 その事業年度の基準期間がない法人(前条第一項に規定する新設法人及び社会福祉法第二十二条(定義)に規定する社会福祉法人その他の専ら別表第一に掲げる資産の譲渡等を行うことを目的として設立された法人で政令で定めるものを除く。以下この条において「新規設立法人」という。)のうち、その基準期間がない事業年度開始の日(以下この項及び次項において「新設開始日」という。)において特定要件(他の者により新規設立法人の発行済株式又は出資(その新規設立法人が有する自己の株式又は出資を除く。)の総数又は総額の百分の五十を超える数又は金額の株式又は出資が直接又は間接に保有される場合その他の他の者により新規設立法人が支配される場合として政令で定める場合であることをいう。以下この条において同じ。)に該当し、かつ、新規設立法人が特定要件に該当する旨の判定の基礎となつた他の者及び当該他の者と政令で定める特殊な関係にある法人のうちいずれかの者の当該新規設立法人の当該新設開始日の属する事業年度の基準期間に相当する期間における課税売上高として政令で定めるところにより計算した金額(国又は地方公共団体が一般会計に係る業務として行う事業における課税資産の譲渡等の対価の額を除く。)が五億円を超えるもの(以下この項及び第三項において「特定新規設立法人」という。)については、当該特定新規設立法人の基準期間がない事業年度に含まれる各課税期間(第九条第四項の規定による届出書の提出により、又は第九条の二第一項、第十一条第三項若しくは第四項、第十二条第一項若しくは第二項若しくは前条第二項の規定により消費税を納める義務が免除されないこととなる課税期間を除く。)における課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについては、第九条第一項本文の規定は、適用しない。
2 新規設立法人がその新設開始日において特定要件に該当し、かつ、前項に規定する他の者と同項に規定する政令で定める特殊な関係にある法人であつたもので、当該新規設立法人の設立の日前一年以内又は当該新設開始日前一年以内に解散したもののうち、その解散した日において当該特殊な関係にある法人に該当していたもの(当該新設開始日においてなお当該特殊な関係にある法人であるものを除く。以下この項において「解散法人」という。)がある場合には、当該解散法人は当該特殊な関係にある法人とみなして、当該新規設立法人につき、前項の規定を適用する。
3 前条第二項及び第三項の規定は、特定新規設立法人がその基準期間がない事業年度に含まれる各課税期間(第三十七条第一項の規定の適用を受ける課税期間を除く。)中に調整対象固定資産の仕入れ等を行つた場合について準用する。この場合において、前条第二項中「前項の新設法人」とあるのは「次条第一項の特定新規設立法人」と、「当該新設法人」とあるのは「当該特定新規設立法人」と、「若しくは前項」とあるのは「、この項若しくは次条第一項」と読み替えるものとする。
4 第一項に規定する他の者は、特定要件に該当する新規設立法人から同項に規定する金額が五億円を超えるかどうかの判定に関し必要な事項について情報の提供を求められた場合には、これに応じなければならない。
5 前三項に定めるもののほか、第一項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。

 

『数理法務概論』を読む(6)ミクロ経済学

 『数理法務概論』、第6章はミクロ経済学

 

 

第6章 ミクロ経済学

1 概説

2 競争市場の理論

3 消費者が有する情報の不完全性

4 独占とこれに関連する市場行動

5 外部性

6 公共財

7 厚生経済学

8 読書案内

 

 80頁のほどの分量を割いてミクロ経済学の概要をまとめています。個人的にミクロ経済学の考え方は本書のテーマにもなる「社会の物事を分析的・数理的に考える」ことにおいて極めて重要な基礎を成すものだと思っておりますが、まさに法律家がその考え方を身につける上で必要十分な解説がなされている印象であり、簡潔でわかりやすいです。

 序盤は需要曲線→供給曲線→均衡・余剰をおさえて、価格規制や課税が経済行動にどのような影響を与えるのかを分析するという王道なものです。そこから独占の問題について展開していきますが、このあたりは法制度との絡みも十分に意識されます。

 さらに終盤では法律家として気になる分配や公正の問題についても議論としてフォローされています。

 本書の議論の展開の仕方は余剰の概念をベースにしており「パレート効率的」に関する方法論的な議論など踏み込むと意外に厄介になる部分は大胆に省略しています。消費者理論や生産者理論についても深堀はせず、単に消費者は安ければいっぱい買うけど高ければあまり買わないという話で需要曲線を導出しています。

 個人的にはこのやり方は大正解だと思っていて、ミクロ経済学を思考のツールとして用いる大多数のユーザーにとってはこれで十分だし、消費者理論や生産者理論の技術的な(そしてとにかく数理的な)議論に長い時間を費やすあまりに経済学が敬遠されてしまうよりもいい進め方だと思います。

 エッジワースのボックスダイアグラムや厚生経済学の第一定理・第二定理あたりはひとつの到達点としてインパクトがあるところなのでもう少し取り上げて欲しかった印象がありますが、まぁ完全競争市場の均衡点で余剰が最大化されるという話で十分かなという気もします。このあたりの考え方は第三章の契約で「契約によるパイの最大化が大事」という話の土台になります。

 こういうのを読むとマンキュー経済学を読み返したくなりますね。

 

『数理法務概論』を読む(5)ファイナンス

 『数理法務概論』、第5章はファイナンス

 

 

第5章 ファイナンス

1 概説

2 ファイナンス理論の基礎

3 貨幣の時間的価値

4 コーポレート・ファイナンスの重要概念

5 資産の価格決定

6 読書案内

 

 良い悪いは別にして、どうしてこういう書き方になったのかいまひとつよくわからない章。

 特に第3章までは(1)著者自身の言葉で(2)法律家という視点を十分に踏まえながら展開されていた議論が、本章ではファイナンスに関する重要論文の引用を長く取り、ファイナンスにおける重要概念を(ほとんどファイナンスプロパーの目線で)説明しているようなスタイルです。*1 会計の章に続いてケーススタディが日本版になっているのは親切ですが解説はなく、やや投げっぱなしの感。

 論文の引用が多いのは「学識豊かな法律家を目指す者は是非ともこのような言葉に慣れ親しんでおくべきである(194頁)」という著者の考えからでしょうか。上級科目の前の基礎として用意されている教科書ならもっと説明を一般化・簡略化し、計算に関してはNPVを比較してどっちが魅力的な投資かを計算する設例とかのほうが入ってきやすいようにも思いますが。

 もっともdisっているわけではなく、アカデミックミーハーな自分には古典的な有名論文を読めるのは嬉しく、個人的には楽しめました。企業観に関する学説史的な展開や効率的市場仮説についての詳しい説明などは改めて学べた部分も多かったです。

 しかし会計・ファイナンス・経済学・統計学まで揃っていると、あとはストラテジーマーケティング・組織論あたりを加えればまるでMBAのテキストですね。

 

*1:ファインナンスで論じられるような事柄が会社法証券取引法の基礎を成すことに関する指摘はありますが。

租税法入門書のおすすめ

1.よくわかる税法入門

 独習で租税法に入門するのにおすすめの本は何かと聞かれたのでせっかくだからブログにも書きます。色々読んできましたし「こういう場合にはこう、こういう人にはこう」と書きたいところですがそういう情報はかえってわかりづらいので、絞ります。

 

三木義一編『よくわかる税法入門』(有斐閣

 

 頻繁に改訂されている人気のシリーズです。個人的には、本当に知識がないところから一人で読むなら租税法の入門書はこれ一択だと思っています。

 おすすめポイントは下記の3点です。

 

(1)税理士と学生との対話という会話形式でとても読みやすい。

(2)素朴に興味が持てる話や社会の問題と絡めて説明をしてくれているので無味乾燥な暗記にならず最後まで面白く読める。

(3)上記にも関わらず、法的な観点からの説明がしっかりしている。

 

 ちなみにここでいう入門というのは、単に日本の税制(税金の仕組み)がどうなっているかを知るという意味ではなくて法学としての租税法に入門するという目的を念頭においています。

 私自身は大学で税法を学んで税理士になる準備として本書を読み、大変に助けられました。これを読んだことで講義で基礎的な話題についてはついていくことができたというか、「あぁ、あの辺の話ね」とイメージは湧くようになりますし、租税法的な思考方法のようなものがとりあえず学べます。

 よく法学を学ぶ際には「入門書」と「基本書」が区別されます。基礎的なことがしっかり書いてあるけれども文章が堅く読み進めるのが難しい本はたくさんあり、そうした本は「基本書」に分類されます。そうした本はそもそも大学の講義で教員の説明を受けながら教科書をとして参照する前提になっていることが多いでしょう。

 それに対して本書はまさに「入門書」であり、知識がないところから一人で読み進めることができます。

 

2.これだけは知っておきたい「税金」のしくみとルール

 もうひとつだけ挙げておきましょう。

 

梅田泰宏『これだけは知っておきたい「税金」のしくみとルール』(フォレスト出版

 

 Amazonのランキングなど見るとこちらもかなり人気のようです。

 こちらに関しては法律としてというよりも社会人・ビジネスパーソンの一般知識として、日本の税金がどういう仕組みになっているのかを簡潔な文章と図解で手っ取り早く知るのに適した一冊です。

 とりあえず税金についてざっと知りたいという気持ちに対して分量も内容もちょうどよく、よくできている本だと思います。自分は前述の『よくわかる税法入門』と併読しました。

 法律論でないからといって侮ることはできません。というより、税法を本格的に勉強しようと思って例えば大嶋訴訟(超基本の重要判例)を勉強しても、そもそも給与所得と事業所得ってどう違うんだっけ、ていうか所得税ってどうやって計算されるものだっけ、というのがわからなければ議論の筋を見失います。

 ましてや判例研究など学習が進めば進むほど限界事例ばかりになり、大枠や本筋がどこにあったのかわからなくなってきます。まずは典型例や基本が大事です*1

 さらっと読めますから頭に染み込ませるために3周くらいしても全然苦になりませんし、ちょっと思い出したくなったときにちょちょっと読み返すのも簡単です。

 

 ひとまず上記の2冊を読んでから好みの基本書を探すなどしても損はしないと思います。

 

*1:当然と言えば当然なのですが世間の申告の大多数を占める「典型的な事業所得者」や「典型的な不動産所得者」の取引・処理については訴訟で問題になりませんので判例学習を通じて学ぶことはできません。これが民法のようにそもそも揉めたときに使う法律であれば紛争の事例から内容自体を学ぶことも妥当かもしれませんが、租税法の内容理解は判例だけからは難しいと個人的には考えています。

『数理法務概論』を読む(4)会計

 『数理法務概論』、第4章は会計。

 

 

第4章 会計

1 概説

2 三つの基本書類

3 複式簿記と財務諸表

4 会計の諸原則

5 会計の法制度

6 財務諸表分析

7 読書案内

 

 本章では制度会計と財務諸表分析について概観しています。

 会計についての知識そのものに新鮮な点はもちろんありませんが、法律家の視点を重視して説明されている点は興味深いところです。

 例えば偶発債務の注記などは会計プロパーの視点から言うと一般的には細部の問題であって入門的な教科書では説明はないと思いますが、企業の訴訟などを扱っている法律家にとっては偶発債務についてどう助言すべきかは重要な問題であることが指摘されています。

 あと説明の仕方で個人的に面白かったのは、複式簿記(T勘定)の記入と絡めて財務諸表の説明をしているところです。私見としては、このような説明は遠回りなようで結局は一番良いと思っています。*1

 また、その際も貸借対照表の説明だけから始めて損益は「株主資本」の増減としてまずは説明している点がユニークです。*2 その後で株主資本の増減をもっとわかりやすく表示する方法として収益勘定・費用勘定が導入されます。こうすると損益計算書貸借対照表の株主資本(のうち利益剰余金)の増減の内訳を表している書類であることがわかりますしひとつの原理から出発して両者を説明できますのでその意味で優れた説明法だと感じました。*3

 会計基準会社法に関する説明や登場する実際の企業の例が日本の企業に改められている点は訳者の大変な労力を感じます。本書の訳文は論理的に精巧ながら読みやすく本当に素晴らしいですね。

*1:ちなみに自分が持っている4刷ですと124頁下部の土地のT勘定の借方・貸方が逆になっています。土地を売却して減少したので借方に$50,000ではなく貸方に$50,000ですね。

*2:概念フレームワークみたいなものはともかく入門的な説明の仕方としては少なくとも日本ではあまり見ないと思うのですがアメリカではよくある方法なのでしょうか。

*3:もっとも、ただ単に損益計算書をわかりやすく理解したい人のための方法としては迂遠な感はあります。この説明の仕方で「なるほど営業利益は企業が本業で稼いだお金なのだな」といった感覚的な理解はやや難しいのではないでしょうか。

『数理法務概論』を読む(3)契約

 『数理法務概論』、久しぶりになってしまいましたがしぶとく続けます。第3章は契約。

 

 

第3章 契約

1 概説

2 なぜ契約が締結されるのか

3 契約書作成の基本原則と留意点

4 製造物供給契約

5 代理契約

6 その他の契約類型

7 契約紛争の解決方法

8 契約交渉

9 読書案内

 

 本章では契約の締結に関する基本原理を抑えた上で実際にどのようなことに注意しながら契約をすべきかについて経済学的な観点を踏まえて考察されます。

 全体に素晴らしいこの『数理法務概論』ですが特にこの第3章の素晴らしさは尋常ではなく、本章の50頁ほどを読むためだけにこの一冊を買っても十分に価値があると思います。

 

 まず契約書作成の最も重要な原則として「契約が生み出すパイを可能な限り大きくすること」が挙げられますが、ここだけでも毎朝声に出して読みたいくらいです。これが一般理論として意識されていないケースは現実社会では多いのではないでしょうか。

 「契約→交渉→いかに自分の主張を通すか」みたいな漠然とした連想で陣取り合戦の議論だけが繰り広げられている場面をよく見るような気がします。

 しかし最も重要なのは、その契約そのものが生み出す全体の利益を大きくすることなのです。

 私が税理士なので税理士の顧問契約の場合で考えてみますが、例えば税理士側の手間を削減するために顧問先自身で帳簿入力をしてほしいとします。

 これは一見契約における陣取り合戦で「税理士には有利だが顧問先には不利」な条項のようにも思えます。しかし、仮に顧問先にとって帳簿をつける負担が3千円程度で、税理士にとって1万円の利益があるとするなら、契約によって生じる利益は差し引きで7千円増えることになります。

 そうだとするなら税理士は顧問料を5千円引き下げることを提案できます。すると顧問先は5千円の利益と3千円の負担、税理士は1万円の利益と5千円の負担、両者ともに得る利益が増えています。

 すなわち契約が生み出す全体の利益を増やす手段があるならそれを分配することにより必ず両者ともに利益を享受することができるわけです。

 こういったことは案件ごとに個別的には考えている(思いつく場合がある)かもしれませんが、一般的な理論として常に「(自分だけの利益を増やすという視点ではなく)契約が生み出すパイを大きくすることができないか」を考えているかどうかということです。

 もちろん、自分の利益を増やす主張をいきなりすると相手は訝しむかもしれません。契約の利益全体を増やすことが重要であると相手も理解している必要があります。本書ではこうした点もきちんと書かれていて、非常に実践的です。

 顧問契約の例で続けて言えば単に「帳簿は自分で入力してください」と言うのではなく「この金額で記帳代行をすることは可能ですが、ご自身で帳簿をつけていただくことでもっと金額を下げることも可能です」といったように選択肢として提示するといった具合でしょうか。

 

 契約に関する一般原則を整理した後は典型的に重要となる契約類型について論点の整理と実践的な指摘がなされます。内容について細かくは触れませんが、インセンティブとリスクの観点が強調されている点は新鮮です。

 これも個人の経験則というか肌感覚に過ぎませんが、日常的な契約においては「金額はどれくらいが妥当か」「どういった内容の仕事をしてもらうか」あたりに議論が終始する場合が多く、契約が当事者にどのようなインセンティブを与えてどのようなリスクがあるか(そのリスクへの対処が盛り込まれているか)が議論されることが少ない気がします。

 せっかくなので税理士の顧問契約の例でいきましょう(しつこい)。税理士の顧問料は商慣習的に毎月定額(プラス決算料)であることが多いように思われます。しかしこれだと、契約の原理上の一般論として、税理士には何かしらの成果を出すインセンティブがありません。

 もちろん私は税理士ですから自分自身の経験として、定額だからといって誠実に仕事をしないわけではないと声を大にして言いたいところですし*1、「偉大な顧問料システムに文句をつけるのか」と同業者からも怒られそうです。

 しかしこれは分析的に考えると必ずしも税理士に有利だという性質の事柄ではありません。依頼人が「定額だと税理士がちゃんと働くかもしれないし働かないかもしれない」と思えばリスクプレミアムで顧問料を低く要望しているかもしれませんし、報酬が定額で決まっていたら原価が高くなった(要するに手間がめちゃくちゃかかるなど)場合のリスクは税理士が被ることになります。依頼人としては「中身が見えないと不安でお金出す気になれないけど、ちゃんとサービスしてくれてることがわかるならもっと払いますよ」と思うかもしれないのです。

 税理士業務の場合なかなか成果をどう測るかなど難しい問題もありますが、このあたりの契約の性質は自分としてはもう少し詰めて理解してみたいところで、「契約によるパイの最大化」「インセンティブとリスク」といった観点からはまだまだ考えられることがありそうな気がしています。

 

*1:そもそも、世の中に税理士はいくらでもいますから仕事ぶりがダメなら顧問契約を切られます。そういう意味では個々の契約としてではなく長期的な、広い意味での関係性という観点では成果報酬的な側面があるのであって税理士側に顧問先のために尽力するインセンティブが生じているとも言えます(し、それが日々の実感です)。しかし実際に契約条項として報酬が何らかの形で成果基準型になったら今と同じ心持ちでいられるかというとそれはまた違うだろうと想像します。

「社会保険料と年金制度」『財政と金融の法的構成』

 中里実『財政と金融の法的構造』(有斐閣2018)より、本日は第7章第1節「社会保険料と年金制度」。

 

 

 本節は本書の中で最も古く書かれた論文(1997年)であり、正直本書の他の部分との関りは薄いです。

 妥当な年金制度が主に経済的な観点から議論され、その議論は骨太で今日でも大変参考になりますが、ここまで議論されてきた議会の財政権によるコントロールや租税法律主義の本質との関りといった問題は(ほぼ)議論されておらず、オマケ的な性格が強いです(読者としてはお得感があります)。

 それにしても、税理士は税制についてはある程度実定法を離れた本質論にも馴染みがあるかもしれませんが、年金制度についてはそうでもない人が多いのではないでしょうか。顧問先との雑談でここで議論されているようなことをさらっと言えるとかっこいいのではないかと個人的には思いました。

 例えば「年金は若い時に払った分将来もらえるもの。今は日本が将来どうなるかわからないけど」くらいの素朴な観点で話をする人はたくさんいるかもしれませんが下記のことを正面から考えたことってありますでしょうか。

 年金制度の目的は、あくまでも高齢者に対する給付という支出面にこそある(年金制度は、支出そのものにより政策目的を達成しようとするものである)はずであり、社会保険料の徴収は、そのような給付をまかなうための収入面における1つの選択肢として選択されたにすぎないものと考えるべきであろう。(287頁)

  本節の要点はまさにこの点を踏まえて積み立て方式がいいのか賦課方式がいいのか一般財源方式がいいのか……といったあたりの議論になります。租税との関りを理解する上でも非常に重要な部分となりますね。

 

 さて、自分のやる気の刺激と進捗管理として一節一節このブログにメモを書いてきましたがこれでなんとか『財政と金融の法的構造』を通して読むことができました。一生読めないかと思っておりましたので少し達成感を覚えております。

 正直内容的に「読めて」いないことは明らかですがそんなのは当たり前のことで、一応文字をなぞった上で本書の視座を脳内にインストールし、それをどこかに留めながら今後の勉強を進めていくことが重要かなぁと思っております。*1

 次は『租税史回廊』でしょうか。その前に少し抽象度の低い実務的な本を挟もうかどうしようか……。

 

*1:そもそも本書は特定の論点について結論めいたものを提示しているものではありませんし。