租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

相続人ごとに異なる相続税申告書の提出

先日顧問先で打ち合わせをしていて、相続人ごとにそれぞれ(別々に作成した)相続税の申告書を提出することは可能か、という話になりました。

結論から言えば可能です。

実務ではひとつの申告書に相続人全員が署名・押印した申告書を見ることがほとんどかと思いますが、日本の相続税法はいわゆる遺産取得税ですし、遺産を取得した相続人のそれぞれが申告・納税の義務を負っているというイメージなのでしょう。*1

 

相続税の申告についての条文は相続税法27条です。

1項の骨子を抽出すると次のようになります。

「相続又は遺贈(…)により財産を取得した者(…)は、(…)相続税額があるときは、その相続の開始があつたことを知つた日の翌日から十月以内(…)に課税価格、相続税額その他財務省令で定める事項を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない」

 

次に注目すべきなのが同条5項です。

「同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者又はその者の相続人で第一項、第二項(次条第二項において準用する場合を含む。)又は第三項の規定により申告書を提出すべきもの又は提出することができるものが二人以上ある場合において、当該申告書の提出先の税務署長が同一であるときは、これらの者は、政令で定めるところにより、当該申告書を共同して提出することができる

つまり、申告義務者が二人以上の場合の共同しての提出は「できる」規定となっているのですね。反対解釈として、強いてそのようにしなければ、各相続人はむしろそれぞれに申告書を提出する建前になっていることがわかります。

 

以上は単に法律の建てつけがそうだというだけで、もちろん実務的な問題としては、相続人がそれぞれ独立に相続税の申告書を作成した場合に、内容に不一致が生ずるのではないかという点があります。

預貯金や有価証券はまだしも、土地の評価などはある程度アナログな要素も入るところであり、評価額の不一致が生ずることが予想されます。また、相続人が共同して申告書を作成することができないような状態では、それぞれが把握している被相続人の財産に関する情報も不完全であることが想定され、財産・債務の抜け・漏れが考えられます。

この点税理士の阿藤芳明先生は、以下のように述べています。

これ(引用者注:複数の申告書提出)を税務署側から見ると、「税務調査の対象に選定してください」と言っているようなものである。なぜなら、それぞれが不完全なため、実地の調査に行けば、様々な問題点が発見できる可能性が高いからである。言い方は悪いが、いわば税務署の餌食になるようなものであり、申告する者同士、仲良く強力する方が得策である。(阿藤芳明『相続に強い税理士になるための教科書〔第2版〕』7頁(税務経理協会2016))

そりゃそうだ、という話でしょう。

 

*1:もちろん、連帯納付義務といった場面での相続人同士の連帯は求められています。しかしこのような定めがむしろ例外的であると言えるかもしれません。金子宏先生は連帯納付義務につき「今日の法思想のもとでは、異例のことであるといわなければならない」と述べられます(金子宏『租税法〔第22版〕』628頁(弘文堂2017))。