租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

経費家事按分の原則論を確認する

1.実務上の取り扱い

確定申告の時期になったので個人所得税らしいネタで。

例えば個人事業主の車で、仕事とプライベート両方に使っているものがあるとします。

このとき、例えば「だいたい仕事とプライベート半々で使っているから減価償却費のうち50%を必要経費に入れて、50%は経費に入れないようにしよう」といった計算はよく行われます。

自宅の一部屋が仕事部屋で面積比で全体の10%を占める場合に家の水道光熱費の10%を事業の必要経費にする、といった計算もありがちでしょう。

しかしこれ、実際どの条文によってそのような処理が許されているのでしょうか。

 

2.所得税法における必要経費

所得税法における必要経費の原則は37条に規定されています。事業所得に関係するところだけ抜粋してみます。

(必要経費)
第三十七条 その年分の(…)事業所得の金額(…)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。(…)

いわゆる原価と販管費が必要経費であるとしています。そして、家事に関連するものについては別段の定めがあります。45条です。

(家事関連費等の必要経費不算入等)
第四十五条 居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
一 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの(…)

家事上の経費について黄色信号が灯ります。施行令を確認します。96条です。

(家事関連費)
第九十六条 法第四十五条第一項第一号(必要経費とされない家事関連費)に規定する政令で定める経費は、次に掲げる経費以外の経費とする。
一 家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費
二 前号に掲げるもののほか、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者に係る家事上の経費に関連する経費のうち、取引の記録等に基づいて、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であつたことが明らかにされる部分の金額に相当する経費

税務の専門家には耳タコな条文でしょうが、この条文はめちゃくちゃ重要ですね。少しだけ読みにくいですが、必要経費と「されない」のが列挙されている一号・二号「以外」の経費ですから、一号・二号の経費に該当すれば必要経費になるという読み方になります。

白色申告の一号を考えると、ここには「主たる部分が」「業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる」場合における当該部分に相当する経費と書いてあります。

そうして考えてみると、冒頭で挙げた例はどうでしょうか。「だいたい」仕事とプライベート半々で使っている車というのでは「必要である部分を明らかに区分」できるとは言い難いように思われます。

また、水道光熱費を仕事部屋の面積10%だけ経費に入れているというような場合に至っては「明らかに区分」とは言えないのに加えて水道光熱費の主たる部分が業務の遂行上必要ではないわけで、必要経費にならないのは文理上議論の余地がないでしょう。

青色申告の場合は二号で「主たる部分」の要件はありませんが、どの部分が必要だったのか「明らかにされる」ことは必要です。

 

3.所得税基本通達

上記の条文の実務上の取り扱いについて、2つの通達が存在します。

(主たる部分等の判定等)
45-1 令第96条第1号《家事関連費》に規定する「主たる部分」又は同条第2号に規定する「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」は、業務の内容、経費の内容、家族及び使用人の構成、店舗併用の家屋その他の資産の利用状況等を総合勘案して判定する。

家事関連費の条文の要件事実該当性について判断要素が例示されています。これはこれでいいでしょう。当たり前のことしか書いていないように思います。

(業務の遂行上必要な部分)
45-2 令第96条第1号に規定する「主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要」であるかどうかは、その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする。ただし、当該必要な部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない。

どちらかというと気になるのはこちらです。主たる部分かどうかは50%超で判定と言っているのはわかります。普通に考えればそうでしょう。

しかしそうであるにも関わらず但し書きでいきなり主張を翻し「明らかに区分」できる場合には50%以下でも必要経費に算入して差し支えないとしています。これは法律の条文に明記されている要件を勝手に外しており、何故このような取り扱いが正当化されるのか素朴な疑問を感じます。*1

 

4.実務と法律論

結局、上記の通達の存在もあり、実務においてはある程度合理的な区分さえあれば少ない経費割合であっても必要経費に入れることが許容されているようです。

しかし原則が何かは法律論としておさえておかなければなりません。必要経費が家事に関連してしまっていたら、白色申告ではその経費の「主たる部分」が業務の遂行上必要であって、しかも業務に必要な部分を「明らかに区分」できるものでなければ必要経費にできないのが法律です。青色申告であっても、必要な部分が明らかにされなければなりません。

そのような可能性は一般の納税者にとって考えにくいにせよ、裁判になったら通達は関係なく法律論で争われるわけですし、原則を崩した例外に慣れることによりそれをさらになし崩し的に取り扱う(例えば区分が曖昧でも経費に入れる)のはリスクの大きい行為です(通達は「明らかに区分」「明らかにされる」の要件は緩和していません)。

区分が曖昧な支出を必要経費に入れるのはそれ相応の覚悟が必要ですし、税理士は専門家として妥当な指導をすべきと考えます。納税者不利にしろと言っているのではなく、適切な申告納税をしなければならないという当然の事実を言っているだけです。

「でも実際仕事にかかっているお金なのに! 経費に入れてくれないのは不合理じゃないか!」という主張はとてもよくわかります。しかしそれは立法的に解決すべき問題であって、現行法の中でどのような取り扱いが正当化されるかとは別の話です。

 

5.余談

確定申告の鉄板実務本、今年も買いました。毎年出してくれてありがたいです。

 

*1:酒井克彦教授はこの点について「所得税法施行令96条1号が『主たる部分』と規定しているのにそれを通達が無視することが許容されるかという問題と、所得税法施行令96条1号の規定を形骸化させ、事実上2号の規定と同様の機能のみを有することになるのかという問題が惹起される」と指摘され、明らかに区分することができるのであれば必要経費に算入するのはむしろ当然であるとして通達の取り扱いについて「大筋結論には賛同」しつつも、立法的に解決されるべき事項だと論じられる(酒井克彦『所得税法の論点研究』351頁(財経詳報社2011))。