租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

オーナー社長が配偶者を従業員にしてみなし役員認定される条件

少し前の「東京税理士界」の相談事例より、整理が簡潔でわかりやすいのでメモ的に共有。

 

「法人成りにより青色事業専従者がみなし役員と認定された場合の課税関係」(PDF)

相談事例は法人成りを前提としていますが新規に創業する場合でも同じで、会社法上の役員でなくても経営に関わっている者が法人税の取り扱い上役員とみなされる場合があります。

 

これが問題になるのは、法人税に置いて役員の給与で損金と認められるのは定期同額給与など一定のものに限られるからです。配偶者に会社の手伝いをお願いして「当期されている役員じゃないから、そのときの雰囲気で給与や賞与を出そう」としているとみなし役員と認定されて損金を否認される危険があります。

 

同族会社の使用人がみなし役員にあてはまる要件としては

①持株の要件。ざっくり言うと持株割合が高い親族グループに属しているか。

②法人の経営に従事しているかの要件。

があり、同族会社では大抵①の要件は満たすものと思われ、あとは「法人の経営に従事」していればみなし役員になります(参照、タックスアンサー「役員の範囲」)。

 

どんな場合が「経営に従事」にあたるかは細かく法定されているわけではないため解釈ですが、経営方針、財務、人事など会社に重要な意思決定に自らの判断で介入しているような場合にはこれにあたると考えられているようです。他方、単に指示に従って業務をするような場合は経営に従事ではないと。

 

そして興味深いのはみなし役員の事前確定届出給与の扱い。

みなし役員は、会社法上の役員ではないために、職務執行の対価を株主総会等において決議することは求められない。したがって、みなし役員については、職務執行の対価を決議する機関が明らかではないことから、代表取締役の決定をもって株主総会等の決議に代えることができると解されている。

この辺はエビデンスを残す対応が求められるのでしょうね。

 

役員給与(第2版) (【法人税の最新実務Q&Aシリーズ】)  濱田康宏 (著)

税理士変更時の会計ソフトデータ引き渡し

会計データ引き渡しのニーズ

 会社が会計事務所に記帳代行を依頼しているケースで、会計事務所を変更する際に会計データを請求できるのかが問題となることがあります。

 決算書や総勘定元帳を(紙やPDFで)もらえるのは当然として、微妙なのは例えば弥生会計のバックアップデータのように、会計ソフトで開くことができるデータです。

 会社としては、自社の依頼にもとづいてどうせ作成してあるのであればそれを送ってもらい、次の会計事務所に引き渡せば次の会計事務所ではデータを新規に作成する手間が省けて効率的です。もしかするとそれが報酬額に影響する場合もあるかもしれません。

 

Twitterで聞いた意見

 これについて実際税理士側は渡す義務があるのだろうか?とTwitterでつぶやいたところ多くのコメントをいただきまして、ご意見としてはほぼ「会計事務所側には会計データを明け渡す法的な義務はない」というものでした。

 私もそう考えますし、検索してみるとこの点を争った裁判例東京地裁平成25年9月6日)もあるようで、細かい理由付けはともかくやはり明け渡し義務はないという判決になったようです。

 ただしコメントをくださったみなさん自身が「提供しない派」ということではなく、法的に義務はなくとも現実には提供するという方も多かったですし、提供しない行動に疑問を呈される方も多かったです。

 

私個人のスタンス

 私も自分のスタンスを明らかにしておくと、関与先が他の会計事務所に移る際には求めがあれば提供します。また、直近3期分の申告書・総勘定元帳・科目別消費税区分表・e-Tax/eLTaxのログイン情報データあたりは「次の税理士にお渡しください」と率先して渡しています(過去に渡しているものと重複するとしても)。

 これは法的な義務があると思っているからではなく、

  1. 追加的に手間がかかるわけではなく既にあるものを提供するだけで明らかにその後の実務が円滑に回るわけなので社会人の良識として提供した方がそりゃいいよねという意識。
  2. これまでお世話になった関与先への恩義・感謝から当然最後まで役に立てるように行動すべきだという意識。
  3. 申告納税制度に貢献することを前提に独占業務の保護が与えられている税理士としての職業倫理。
  4. いつ第三者に開示しても恥ずかしくないデータを作ろうという意識をもって業務にあたることが自己研鑽にも繋がるという意識。

 あたりが理由となります。

 もう少し率直に感情的な面から言うと、これに類する税理士変更時の「データ提供渋り問題」は税理士業界の最もしょうもなくてみっともない部分だと思っているので、そういうしょうもないことをしたくないという思いが強いです。

 しかし以上はあくまでも私個人の考え方や行動指針であって他人に押し付ける気はありませんしデータを提供しない会計事務所を批判する気もありません。法的な義務がない以上自社のノウハウなどを守る意味で必要のないデータは提供しないという姿勢もひとつの考え方だとは思います。他の事務所から自分の事務所へ移ってくるときに関しては、私は前の事務所に直接請求することはなく、関与先経由で一度お願いしてもらうことはありますが断られたらそれ以上は追及していません。

 

理解と私見のまとめ

 Twitterに載せた自分のまとめ(加筆訂正版)。

(1)通常は税務の委任契約で提供する仕事は総勘定元帳や決算書の作成であって、会計ソフトはそれら成果物の作成過程で勝手に使用しているシステムであるに過ぎないためそのデータの提供義務は法的にはない。

(2)会計ソフトのデータには補助科目の使い分けや伝票辞書の使い方など、他の会計事務所と差別化するための情報が含まれている場合があるため、営業秘密の保護の観点から提供を拒む理屈上の正当性もある。

(3)ただし現実的には会計ソフトのデータを提供するだけで会計事務所が損害を被る蓋然性は低いと考える。実際のところ提供を渋る理由はなんとなく腹の中を探られるのが嫌だという抵抗感が大半ではないかと思われるが、処理ミスなどの問題は元帳からもわかるし、元帳や決算書などに影響しない事柄であれば逆に(仮に誤りや不手際があったとしても)隠す必要もない。

(4)だとすると、現存するデータを提供しないことによる世の中への影響は基本的にデータの作り直しによって「手間が増える」ことのみ。適正な申告納税への貢献を果たすことを前提に国家資格による独占業務の保護が与えられている税理士の振る舞いとして、データの提供を拒むのは法的に問題はなくとも職業倫理的に好ましくないと個人的には考える。いつでもデータを開示できるようにキレイな仕事を心がけ、納税者の利便に資するように行動する方が業界として生産的。もちろん、追加的に時間がかかる事柄への協力は別の話。

 

旧商号で記載された納付書で納めても問題なし

当たり前と言えば当たり前なのですが税務署に確認したので備忘メモ。

最近会社名の変更をした会社で、税務署に異動届は提出したのですがタイミングの問題でその変更が反映されておらず古い会社名で法人税や消費税の納付書が届きました。

お客様が気になるということだったので税務署に電話をして確認したところ「右上に記載されている管理番号で管理しているから、そこが合っていれば問題ない。二重線での訂正なども不要」とのことでした。

最近は電子納税の浸透でこうしたことで悩む機会自体減ったかもしれませんが。

 

【税理士の実務に役立つビビッドな話題】

 

月次決算を極めれば経営が良くなるか

本日のお題はAmazonでたまたま見つけたこちらの書籍。

 

田村和己『税理士・会計事務所職員のための業績改善の基礎知識』(中央経済社2022)

 

ひと目、会計事務所の業績を改善するための本なのかと思って手に取ったのですがそうではありませんでした。「業績改善」について、会計事務所の人々が理解できるように説明してくれている本という趣旨のようです。

端的に言ってしまうと、きちんとした月次決算を起点とした業績の管理・分析をしていくことで会社の業績改善ができる、という枠組みや手順を整理した本です。

 

会計事務所のよくある葛藤としては次のようなことがあるかと思います。

 

①ただの「記帳屋」「経理屋」とならないよう毎月試算表を見ながら社長と打ち合わせするものの、ただ数字を説明しても社長に響いてる感じがしない。色々な財務指標を出しても「なんかややこしいし、ピンとこないな」という顔をされて終わる。

②だからといって「数字の説明」ではなく「経営コンサルティング」をやろうと思ってもお題目が大上段すぎてどうしたらいいのかわからない(こちらはたかが税理士であり下手に偉そうなことも言えないし、経営学の本を読んでも抽象的すぎる)。

 

本書では月次決算の管理を基礎として予算策定や経営計画の策定を行なっていくことで最終的に経営力が高まる道筋と、具体的なやり方が説明されています。読んでいると、これは上記①と②の合間をうまいこと埋めてくれるメソッドになってくれて有用なのではないか、と思いました*1

会計事務所としては、あくまでも月次の試算表が起点にある点が入口としての入りやすさの点で大きいです。どんなに有用な経営論でも経理実務から遊離したことを突然言い出すのはどうしても抵抗があるものですので。その上で「最後にはきちんと経営がよくなる」ことが地に足の着いた筋道として示されている点が本書の(提示するMaPS理論の)すごいところです。

 

【著者の提唱するMaPS理論】
Ma:Monthry actual= 月次実績管理の整備
P:Planning=予算管理制度の整備
S:Strategic=戦略的経営計画の整備

 

著者はかなり体系的な思考を重視しているようで、本の構成はとても理論として整理されていますし、また実際の経験にも裏打ちされてフレームワークとして確立されている印象です。説得力も強いです。

ルール化・マニュアル化を徹底する意識もつらぬかれており、それだけ見ると形式主義のようにも見えかねませんが、よく読むとむしろ利害関係者の合意と納得をとりつけて業績改善をやり抜くためにはそれだけ明文化したルールの策定が重要であるという経験則の表れであり、実質を追い求めたものであるのだろうなということが見てとれます。

またその過程の要点として、きちんと業績管理をし予算・計画を作成することが管理職や営業職の育成に繋がることが示されている点が興味深いです。やっぱり企業経営は人の育成が肝要ですからね。

本書を読んでいると、タイトルに書いた「月次決算を極めれば経営が良くなるか」という問いについては「きちんとやり抜けば十分あり得る」と思えてくるところです。

そんなわけで本書はなかなかユニークで興味深い一冊だと思いました。

下手に「コンサル」をぶち上げるより、心ある中堅企業に向けてこうしたメソッドの浸透を丁寧にサポートする方が、税理士の社会的意義としても重要なのではないかと感じるところです。

 

ただ出版物として気になった点を言わせていただくと、おそらく著者は自身のメソッドについて過去に何度も整理をしてきていて、そのために記述としてはスッキリ整理されすぎている感があるといいますか、それこそマニュアルか規程をずっと読んでいるような感覚で、通読するのにちょっと苦労を覚えます。どうせ理解したらマニュアル的に使うことになるからいいという想定でしょうか。

また 「税理士・会計事務所職員のための」と銘打ってはいますが特段それを意識して書かれたとは思えませんでした。同じ出版社から「税理士・会計事務所職員のための」という本が他にも出ているのでシリーズとしての位置付けで、出版社が著者に「普通に書いてもらえればいいですから」と依頼したような印象です。経理実務に関わる内容も多いので「税理士がこの場面でこういう役割を果たせれば有効だろう」みたいなコメントなりアイデアなりがあってもよかったと思うのですが*2。もっとも、結果的にというか内容的に、月次決算の重要性を指摘するのは会計事務所が担える役割なのでこうした本が会計事務所向けと題して出ていることには意味があると思います。

 

【税理士・会計事務所職員のための労働保険・社会保険の基礎知識〈第2版〉】

【税理士・会計事務所職員のための不動産取引の基礎知識】

 

*1:念の為……著者がそのような問題意識を持ってそこを狙っていると書いてあるわけではなく、私が会計事務所視点でそのような位置づけというか意義を勝手に見出したということです。

*2:経理・財務部門の能力アップについて「税理士、会計士などのコンサルタントが対処することも多いが、その機能を果たせる人材は少ないのが実情である。今後期待にかなう人材が増加することを期待したい(48頁)」とあり、そのために著者は本書を書いており我々もそうなりたくて読んでいるはずなのに、なんか書き方が他人事…?と、どことなく違和感がありました。

「一応自分でも確定申告できるのに税理士に頼む意味はなんなのか」を考えてみた

 先日、プライベートの場面で、とある個人事業主の方から以下のようなことを言われました。

 

「合ってる合ってないは別として、今はクラウド会計で画面を進めていけば一応自分で確定申告ができるじゃないですか。それでもなお税理士に頼む意味というのはなんなのか、以前に税理士に聞いたけど明確な答えが返ってこなかったんです。それが釈然としなくて」

 

 その方は喧嘩腰で仰っているわけではなくて*1、お金を払うのはいいけど何の価値に対して払うのかきちんと理解をして納得したいという趣旨のようでした。

 言われてみれば当然の感情ですが、私も案外その場その場で答えるだけで(実際どういうメリットが出るかはお客様の類型によるということもありますが)まとめて文章化したことがなかったので自分の頭の整理としてこの機会に書き下してみることにしました。

 以下では、年商5千万以下くらいの個人事業主を念頭においています。

 

 

【お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!】

 

①誤りや当然の控除適用漏れなどが防止できる

 まず、失礼ながら昨今のクラウド会計は、自動でなんとなく画面が進んでいくので「できている感じ」は得られますが、必ずしも合っておらず実際には内容はめちゃくちゃである、というのは税理士業界ではよく指摘されるところです*2。すなわち、上からの言い方になってしまいますが自身でできていると思っていても全然できていないという可能性は十分あり得ます。当然ですが税理士に依頼するとこの点は解消します。

 税金の誤りは、もちろん払い過ぎであればそのまま損ですが、「払いが少なすぎる」のもやはり問題で、後から税務署に指摘されると本来払うべきだった税額に加えて加算税・延滞税という手痛い罰則を払うことになります。そんなものを払うくらいなら最初から適正申告した方がマシです。

 また、当然使える経費や所得控除の適用漏れも本人申告では散見されるところです。扶養している親御さんを控除に入れられるとか、社会保険料控除・医療費控除は親族の分も支払えば適用できるなど、いわゆる「節税」と言われるもの以前の当然の計算で適用できる控除も案外非専門家は知らないものです。

 税理士に依頼すればご家族の状況などを聞いて「奥様の国民年金も支払っておられるのでは?」等と確認をしますので適用漏れがなくなります*3

 また、冠婚葬祭などで交際費を支払った際に領収書が出ないからと経費に入れることをあきらめている方もおられますが、そういった場合は「出金伝票」を書いてきちんと記録を残しておけば基本的には認められるはずです。このような点も知らずに思い込んでいる場合があり、税理士に依頼すれば指摘してもらえます。

 

②有利な税制の適用漏れが防止できる

 申告内容の適正化という意味では①と同じなのですが、①では基礎的な内容をきちんとできるかという点を取り上げました。それに加えて応用的に、時限立法の特例税制のような優遇措置を適用できるかという問題があります。

 例えば現在では賃上げ促進税制という従業員の給与を増やした場合の優遇措置がありますが、これを非専門家がきちんと情報収集して適用することは不可能に近いのではないかと思います(そもそもご自身で申告しておられる個人事業主で従業員を雇っている方は少ないかもしれませんが、例として)。

 あるいは消費税の簡易課税など、課税関係について選択の余地があり選択によって税額が変わる制度もあります。こうした点について適切な選択をしようと思えば、基礎的な控除の適用以上に税理士でないと難しいと思われます。

 

③税務調査対応の負担が軽減できる

 これは諸説ありますが、個人の確定申告については税理士が代理をしていない場合も多く、その場合には誤りが多く見受けられるため、調査は税理士がついていない申告から優先して行われる傾向にあると言われることがあります。ありていに言えば税理士が署名した場合には「まぁ税理士がやってるならそんな変な申告ではないんでしょ」という推定が働くということです。これが本当だとすれば、それ自体がメリットであると言えます。

 また実際に税務調査が来た際には税理士の立会がなければ税務署の「言いたい放題」になってしまうことは容易に予想されます。事前に「経費について突っ込まれてもオレは税務署と戦えるぞ!」などと思っていても、そのような想像(妄想)は現実にならないと思った方がいいでしょう。

 調査が発生してしまったらそのときスポットで税理士に立会を依頼するという手もありますが、そもそも処理が誤っているとか日頃のコミュニケーションがない税理士が立ち会う場合ですと効果は薄まってしまうかと思います。

 

④税金面でのアドバイスが受けられる

 一旦申告書を提出することそれ自体から離れた観点ですが、様々な税金面でのアドバイスや情報提供を受けることができます。

 例えばNISAやiDeCoがお得ですよといった話、いまの所得に対してふるさと納税がこれくらいできますよといった話です。この辺はやはり非専門家ですと知らなければ知らないまま終わってしまうという感じなので地味なメリットとしてはあると思います。

 ただ、年に一度申告作業だけお願いするというスタイルで税理士と関与していると、こういったことについて話す機会がないので情報提供を受けづらいかもしれません。顧問契約であれば当然何か気になったときに相談をすれば答えてもらえます。

 

⑤税金面以外でもアドバイスが得られる(かも)

 アドバイスは税金そのもののことに限られません。例えば所得が高いと来年は社保も上がってこれくらいになりそう、この時期に支払いが発生する、などお金周りのことについて注意喚起をしてくれる税理士は多いのではないかと思います。

 結局支払額が同じならたいして変わらないじゃないかと思うかもしれませんが、特に個人事業主にとって、公金の支払いを漠然と不安に思わずビジネスに集中することは重要です。予め資金を準備しておけば「やっとお金が貯まったと思ったのにまた減るのか」というストレスや徒労感を覚えずに済みますし、予期せず支払いが生じてキャッシュ不足になるとビジネス上致命傷になることすらあり得ます*4

 また、「政府からこんな補助金が出ました。あなたは申請できると思われます」という補助金に関する情報も税理士から得られる場合があります。ただしこの辺は契約にもよりますし、個々の税理士にもよります。あくまで親切の範囲でやっていて責任は負っていない税理士が多いと思われます*5

 

⑥確定申告作業に割く時間が節約できる

 説明するまでもないことですが、時間単価の高い高所得の方だと本当にバカになりません。会社員と異なり自営業者は働けば働くだけ生産できる(稼げる)ということも多いですので。説明としては短く済みますが場合によっては最大のメリットかもしれません。

 

⑦税金に関する漠然とした不安から解放される

 こちらは精神面のメリット。「税理士に頼んだら税金が安くなるのか」を気にされる方はもちろん多いですが逆に「知らぬ間に低く納めすぎているのでは、脱税してしまっているのでは」という不安を持たれる方も結構多いです。意図せぬしょうもないことで税務署と揉めて精神的・時間的な負荷がかかるくらいなら専門家に任せて適正額で申告した方がビジネスジャッジとしてはずっと割に合うかと思います。

 税理士が代理で申告すれば基本的には税務署からの問い合わせなど連絡は本人に直接行かずまず税理士のところに来るため、対応でアタフタしなくていいのはもちろんのこと「ある日突然税務署から連絡が来るのではないか」という不安そのものから解放されます。

 

⑧税理士と対話するとビジネスを見つめ直す機会になる

 事業主は財布事情を打ち明けてぶっちゃけ話ができる相手はほとんどいないものです。その点税理士は懐事情を知っておりますので、世間話かその延長線上くらいの感じで色々と話をすると案外自分を見つめ直すいい機会になる場合があります。……というのは私が実際にお客様からそう言っていただけることがあるので書いており、税理士側から押しつけがましくアピールするものではないかなという気持ちもあります。なので今回はオマケ的な位置づけとします。ただ、一応税理士も色々な事業主さんの実情を見る立場にありますので、守秘義務に触れない範囲で「そういう局面ではこういった対応もあると思う」といった引き出しは多少なり持っていたりしますし、もっと積極的に「コンサルできます」とアピールする税理士もいます(「コンサル」の内容は率直に言ってピンキリだと思います)。

 

―結局、依頼すべきか

 うまく抽象度を揃えてMECEにまとめられたか自信がありませんがざっと思いついた範囲では以上となります。

 これらはメリットを上げればこうなるというものであって、「だからみんな税理士に頼むべきだ」と言いたいのではありません。実際お金も相応にかかりますし。

 では、これらを踏まえた上で「一応自分でできている」と思っていてる人がお金を払って税理士に依頼するべきなのでしょうか?

 結論としては微妙なところだと個人的には思います。そんなに複雑な取引がなく金額も大きくないのであれば、ご自身でやるのでも全然いいでしょう。それはそれで税金への関心も高まりますし勉強になるという利点もあります。

 変に税金を逃れる意識なく常識的にやっていれば、結果的に多少間違っていたとしても突然税務署が家に押し入ってきて財産を差し押さえたりするわけではありませんし、税務調査があって少し修正の税額が出てもそれはそれと思っておけばそんなに怖い話ではないです。トータルで見て、税理士費用より安く済む可能性も十分あるでしょう。

 ただ取引内容が複雑で帳簿の付け方自体に自信がないとか、売上高が億を超えてくるとか、人を雇うとか、そういう場合には、何か問題が起きたときの影響も大きくなりますし、税理士に依頼するのが無難だと思います。様々なメリットを勘案すると、「頼んですごく損」になる可能性は低いと思います。

 

*1:ただ、少なくともそれを聞かれた税理士さんは喧嘩腰というか小難しく面倒な相手と捉えて、正直依頼されたくないなという思いからあえて冴えない返答を返した可能性は十分あると思います。

*2:税理士へ「クラウド会計で記帳は自分でできているので、チェックのみ安くお願いします」というご依頼が来て税理士が痛い目を見るパターンは業界の「あるある」とされています。

*3:税理士との契約やコミュニケーション次第なところもありますが、少なくとも適用漏れの可能性はぐっと下がります。

*4:例えば、そんなに優先度が高くないプロジェクトAに軽い気持ちで投資し、その後税金の支払いが予想外に生じたため本来重要度が高いプロジェクトBに使うお金がなくなってしまった、最初からわかっていればプロジェクトAは見送って資金をセーブできた、みたいな事態はけっこうあり得ます。

*5:厳密に言いだせば適用可能性がある補助金助成金は極めて多岐にわたり、その全てを把握し全顧問先への適用可能性を検討した上で漏れなくアナウンスすることは事実上不可能です。

〔書籍〕『税理士の実務に役立つホットな話題』

 

関根稔 & taxMLのメンバー『税理士の実務に役立つホットな話題』(財経詳報社2022)

 

知る人ぞ知る、関根先生を中心としたメーリングリストのログを書籍化したもの。その性格上、良い意味でも悪い意味でも「博識な同業者と最近のトピックについて雑談できる」という感じの本です。

読んでいる感覚としてはTwitter的というか、難しい文章が長々続くことはなくトピックごとに数個コメントがあるという感じでどんどん進んでいくのでとても読みやすいです。気軽につらつらと読んで同業者の温度感とか最近の論点を知るのに有益かと。

内容的には結構資産税の話が多いような気がします。半分以上は資産税でしょうか。税務ではない周辺の話題もけっこうあり、個人的にはそれが何気に面白かったです。

実務書的に各トピックに対する「答え」が書いてあるわけではなくて各参加者の感想レベルで終わっているものも多いためその辺は注意点でしょうか。

 

2つほど気になったトピック。

 

「内容の異なる相続税の申告書」(62頁)

相続人ごとに内容の異なる申告書を出したらどうなるかについて。必ず全く同じ内容の申告書に修正してもらうと国税OBが言っていた、という発言もあれば、バラバラで申告したけど何も言われず時効を迎えた、という発言もあり。この辺の実体験が大事な部分で同業者の経験が聞けるのは貴重です。

 

「確定した決算と法人税の申告」(22頁)

株主間で揉めてお互いに50%とれず株主総会が開催できないときはどうなるかについて。「税務署は決算確定日なんて気にしてない」という指摘も「会社計算規則で1年超の会計期間が認められているのだから決算確定前でも無効になるはずがない」という指摘もわかるのですが、コメントはいずれも「決算確定=株主総会による承認」を前提にしている点が少し違うかなと。

判例では「実質的に法人の意思にもとづいてなされているか」が重視されている印象ですから、その点からのコメントがあってもよかったように思います。

 

taxlawlabyrinth.hatenablog.com

 

P.S.

『税理士の実務に役立つクールな話題』という近著が出ているのに気付いてませんでした。

 

消費税の届出を出そうとしている期日が休日のとき

マルチメディア研修で聞いた誤りやすい事例として

 

課税事業者選択届出書や簡易課税選択届出書を次の期から適用しようとする場合において、その期間の末日が日曜日等にあたることから提出期限がそれらの日の翌日まで延長されると考えている。

 

という趣旨のものがあり、なるほどと思ったのでメモしておきます。

 

例えば、X5年4月1日~X6年3月31日の期から簡易課税を適用したいと思えば、その期が始まる前のX5年3月31日までに簡易課税選択届出書を出さないといけないのはみんな頭に入っています。

このとき、3月末が次のようなカレンダーになっていたらどうでしょうか。

 

29 30 31 4/1
金 土 日 月

 

ここで「あぁ、提出期限の3/31は日曜日だから、翌日の4/1までに出せばOKだな」と思ってしまうと誤りということですね。

これが例えば法人税の申告期限であれば、国税通則法10条2項の規定により4/1が申告期限となります。

国税通則法第10条2項
国税に関する法律に定める申告、申請、請求、届出その他書類の提出、通知、納付又は徴収に関する期限(時をもつて定める期限その他の政令で定める期限を除く。)が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他一般の休日又は政令で定める日に当たるときは、これらの日の翌日をもつてその期限とみなす。

しかし課税事業者選択届出書や簡易課税選択届出書は「当該届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間について効力が発生する」だけのものであって、提出期限というものは存在しない、そのため上記通則法10条2項の適用はないということです。

冷静に考えればわかっているはずのことですが、そう言われてみればなるほど感があります。提出期限自体が存在しないので期限が延長されるわけもないですね。

最近インボイス云々もあって消費税の届出関係を「提出すべき期日」間近に出すこともありそうで、客先で会話しているときなどはうっかり間違えてしまいかねないのでここに書き留めることで注意を意識付けておこうと思いました。

 

熊王 征秀 (著)『消費税トラブルの傾向と対策【インボイス完全対応版】』