租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

配偶者が青色申告をしている場合の配偶者控除の判定と年末調整書類の記載

1.青色の65万円を引く前か後か

 

 改正があって色々とややこしいことになっている配偶者控除ですが、納税者自身の合計所得金額が900万円以下で、配偶者の合計所得金額が38万円以下であればこれまで通り38万円の配偶者控除が適用されます。この部分をつかまえて言えば、結局これまでと適用関係が変わらない方は多いだろうと思います。

 今回考えたいのは改正論点ではなく、配偶者が青色申告をしている場合に、配偶者の合計所得金額が38万円以下であるというのはどこで見るかという問題です。特に、それは「青色申告特別控除65万円を引く前の金額のことなのか? 引いた後の金額のことなのか?」という点です。

 例えば、納税者(仮に旦那さん)が合計所得900万円以下の給与所得者で、いま年末調整の書類(配偶者控除の申告書)を書いているとします。ここで、配偶者(仮に奥さん)は事業所得者(青色申告)で、今年の収入が200万円、必要経費が120万円になる見込みだとします。旦那さんは年末調整の際、奥さんの所得はいくらだと申告すべきなのでしょうか。*1、収入から必要経費を引いて80万円の所得だとして配偶者控除は適用されない(配偶者特別控除が適用される)と考えるのか、青色申告特別控除の65万円を引けば15万円になるから配偶者控除が適用されると考えるのか。

 

 この場合、結論を言えば申告すべき配偶者の所得金額は「青色申告特別控除を引いた後の金額」です、上記の例では15万円で配偶者控除が適用されるという考え方(書き方)になります。

 

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2.税法の規定を確認

 

 規定を確認してみましょう。

 

所得税法83条(配偶者控除)によれば、「居住者が控除対象配偶者を有する場合には」居住者の所得の区分に応じて配偶者控除が適用される。

②では「控除対象配偶者」とは何か。これは所得税法2条1項三十三の二、「同一生計配偶者のうち、合計所得金額が千万円以下である居住者の配偶者をいう」。

③では「同一生計配偶者」とは何か。これは所得税法2条1項三十三、「居住者の配偶者でその居住者と生計を一にするもの(中略)のうち、合計所得金額が三十八万円以下である者をいう」。

 

 これで、合計所得金額が1,000万円以下の居住者が、合計所得金額が38万円以下の配偶者と生計を一にする場合は配偶者控除が適用されることになることがわかりました。問題は「合計所得金額」の定義です。

 

所得税法2条1項三十号は「第七十条(純損失の繰越控除)及び第七十一条(雑損失の繰越控除)の規定を適用しないで計算した場合における第二十二条(課税標準)に規定する総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額(以下この条において「合計所得金額」という。)」と規定する。損失の部分をおいておけば、合計所得金額とは所得税法22条にいう総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額であることがわかる。

所得税法22条は「次節(各種所得の金額の計算)の規定により計算した次に掲げる金額の合計額」とする。

所得税法の第二編第二章第二節「各種所得の金額の計算」は23条から68条までの部分で、ここにおいて例えば事業所得の金額は「その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額」とされている(27条)。第二節の中に青色申告やその特別控除に関する規定はない。

 

 そうすると一見「合計所得金額」は青色申告特別控除を引く前の金額であるようにも思われますが、問題は所得税法の特別法である租税特別措置法です。

 

租税特別措置法25条の2(青色申告特別控除)は、青色申告の承認を受けて所定の帳簿を備え付ける事業主につき、不動産所得又は事業所得の金額は所得税法の26条・27条で計算した金額から65万円(引ききれない場合は所得金額)を控除した金額とする、と規定している。

 

 7つ規定を追いかけてやっと結論に到達しましたが、「合計所得金額」というのは所得税法23~68条の規定に従って計算した所得のことですが、所得税法の特別法である租税特別措置法が65万円を控除した後の金額に置き換えるため、結局、青色申告特別控除の65万円を控除した後の金額が配偶者控除の判定でいう「合計所得金額」になるというわけです。

 

 年末調整シーズンですので配偶者の所得の判定について書きましたが、この合計所得金額の考え方はもちろん納税者本人の方でも同じです。事業所得者自身の合計所得金額が900万を超えるのかどうかを判断する際にも青色申告特別控除を引いた後の金額を用います。

 

 なお、社会保険料や医療費控除などのいわゆる人的な所得控除は合計所得金額の計算上は引きません。

 

3.年末調整書類の記載

 

 そして見ておきたいのは年末調整書類の記載です。29年分まで保険料の申告書と一体だったものが30年分から分離した「給与所得者の配偶者控除等申告書」(以下、「マルハイ」と呼ぶ)を見てみると、配偶者の所得区分別に「収入金額等」「必要経費等」「所得金額」を記載する欄があります。

 

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 (国税庁ウェブサイトより)

 

 書類の形式からしてこの「所得金額」が38万円の判定に飛び、配偶者控除の控除額を計算する内容となっていますから、判定のための正しい金額を出すにはこの「所得金額」が青色申告特別控除を引いた後の金額になっていなければなりません。そうすると、「必要経費等」には必要経費の金額に青色申告特別控除の金額を足し込んで記入するしかありません。冒頭に掲げた夫婦の例では奥さんの必要経費は「120万円(実額の必要経費)+65万円(青色申告特別控除)=185万円」となります。

 

 所得税法及び租税特別措置法の規定振りからし青色申告者に認められる65万円の控除は、「必要経費」ではありません。所得控除でもありません(強いて規定に沿うように言えば「所得の減額」とでも言えましょうか)。ですから「必要経費等」の記載欄の金額に含めることにはなんとも言えない違和感があるのですが、法律の規定からし配偶者控除の適用を判定する上での配偶者の合計所得金額は青色申告特別控除を引いた後の金額である以上マルハイの「所得金額」がそうなるように書かなければなりませんし、だからこそマルハイは「必要経費」という表現を採用しているということになるのでしょう(「必要経費等」という用語は所得税法の目次にこそ存在はしますが定義規定はありません)。

*1:男性の方を所得が多い例にしていることにつき、おそらくは現実社会に数が多いであろうこと以外に全く意図はありません。