租税法の迷宮

とある税理士による租税法・税実務の勉強ノートです。

税理士から見た中退共・特退共

制度の概要

 顧問先から「従業員のために退職金制度を作りたいと思っているが、どのようなものが考えられるか」という相談を受けたことがあります。

 その際に自分は中小企業退職金共済をオススメしました。似たものに特定退職金共済があります。

 制度をざっくり言うと、会社(あるいは個人事業主)が毎月一定の掛金を支出するとそれが外部に積み立てられ、従業員が退職した際にはその積み立て分に多少の運用益をプラスしたものが(従業員に)給付されるというものです。

 会社が掛金を拠出した時点で全額損金となりますし、さらに掛金を国が助成して上乗せしてくれる部分があるというのも有利な点です。

 中退共の運営主体は独立行政法人で、公式サイトに「国の退職金制度」と正面から書かれているように公的な制度である点もなんだかんだで安心感があります*1

魅力的な点

 オススメした理由は難しいことを考えず簡単に退職金制度が作れる上に財務・税務的に合理性があるからです。もう少し具体的に掘り下げてみましょう。

 

①簡単に退職金制度が作れる

 手続きについて言うと、中退共に加入して金額を設定すれば、あとは毎月勝手に掛金が口座振替で落ちていくだけです。従業員ごとの状況などは機構側が管理してくれます。

 もちろん退職金規程の整備も考えるところですが中退共のパンフレットに例が載っていますし、従業員への周知もこのパンフレットを使って行えます。

 これが会社自身で従業員ごとに妥当な退職金額を評価し毎年管理してその分を普段の事業用口座とは別の口座に積み立てて……などとする場合を考えると、いかに楽かが想像できるかと思います。

 労働力不足の世の中において、福利厚生として「退職金制度あり」と書けるのは何気に大きいのではないでしょうか。

②財務的に合理性がある

 中退共を使うことによって退職金の支出を平準化することができます。ある年にベテランの社員が退職して瞬間的に500万円のキャッシュが必要になる、といったことを心配しなくてよくなります。

 毎月均一の支出は資金繰り上とても扱いやすいですし、会計理論的に言っても退職金は長年の勤務の中で少しずつ発生し累積していくものですから、退職時に一気に費用が発生するよりも毎年少しずつ費用計上される方が損益計算書の表示としても理に適っています。

③税務的に合理性がある

 実質的には積み立て(あるいは費用の前払い)の性質が強いですが、掛金は拠出時に全額損金とすることができ、単に定期預金などに積み立てるよりも税務的に有利です。

 また従業員側としても毎月の給与で受け取るより中退共に回してくれた方が受け取り時に退職所得課税となるため、退職所得控除と2分の1課税の恩恵を受けることができます*2

 

節税として…?

 なんだか良いことばかりのように書いてきましたが、期末の節税策として相談されるパターンもあり、それについては個人的に微妙だと思っています。

 たしかに初めて加入するときは過去勤務部分についてもある程度遡ることができ、それで従業員全員を加入させれば会社の支出額としてはまとまった金額になります。

 しかし当然ながら支払った掛金が会社に戻ってくることはありませんし、支出以上の節税効果はありません。実効税率30%だとして、500万円支払って減る税額は150万円です。

 これは「支出により損金を作って税額を減らす”節税”策」全般に言えることですが、500万円支払って150万円戻ってきて喜ぶのはナンセンスでしょう*3

 あまりにも当たり前のことですが中退共に加入するのは従業員に退職金を出すということであり、その分会社の財産は外部に流出し、資金は減ります。掛金を国が助成してくれる分があるといっても資産の運用法として特段お得感があるというほどではありませんので、そこに価値を見出して契約するものでもないと思っています。

 1人あたりの掛金で見ると少額に思えますが1年間では「1人あたり月額掛金×従業員数×12」だけ会社のキャッシュは流出していくわけで、そこはシビアに考えて加入を検討する必要があります。

 「従業員に退職金を払う」の払い方のひとつとして、便利で合理的なものですよというお話です。

 

*1:実際的なリスク云々というよりは各利害関係者の納得感という意味で。

*2:ただし、一時払いと分割払いを選ぶことができ、分割払いでは雑所得課税になるため注意が必要です

*3:個人的にはこのタイプの策は節税にあたらないと考えておりますので”節税”とダブルクオーテーションで囲っておきました。会社にとっていいことをしていてしかも税額が減るのだから……と考える気持ちもわかりますが、「節税になる」とか「ならない」とかではなく施策の効果が税引き後キャッシュフローに見合うかでシンプルに考えるべきです。